2016年5月6日金曜日

「…もまた塩であります」 [禅道講話]



伊藤敬宗『禅道講話』より





ご承知のとおり、徳川家康公が静岡に隠居をなされまして、時おり家来の人たちを集めて四方山(よもやま)の話をされた。

そのついでにある日のこと、家康公が

「世の中で一番おいしいものは何であるか?」

とお尋ねになりました。



多くの家来の人はお互いに顔を見合わせておりました。無論、自分の心では各々自分の嗜好物、好きなものがあるでしょうが、誰しもそれを答える者はなかった。

あの有名な梶の局が進んでお答え申し上げました。

「世の中で一番おいしいものは『塩』と思います」



ご承知のように、舐めてもあの辛い塩。これが世の中で一番おいしいものであると申し上げると、さらにまた家康公は

「それはよろしい。それではその反対に、世の中で一番まずいものは何であるか?」

とお尋ねになりました。するとまた誰しも答える者はなかったが、梶の局はまた進んで申し上げます。

「まずいものもまた塩であります」

とお答えしました。家康公は非常にご機嫌ななめと申しましょうか

「よくお前は心得ておる」

と、お褒めの言葉にあずかったという有名な話があります。



そのときに家康公が

「なるほど、世の中でおいしいものも塩なれば、まずいものも塩だ。自分のいう塩とはこれである」

と左の手にかけた数珠を示されたということであります。

「自分が今まで幾度か戦いきたったのは、右の手にもった采配の力(今日でいうならば剣の力)ばかりではなく、左の手にかけたこの数珠という一つの塩の力である」

と仰せになったということであります。







引用:近代デジタルライブラリー
伊藤敬宗『禅道講話』




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