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2018年5月30日水曜日

パーリ語から読む仏典案内


From:
インド最初期仏教(パーリ仏典)への誘い
インド最初期『仏教』を語る時、「僕が」引用する現在購入できる経典群。







長部(ディーガニカーヤ) 戒蘊篇I (パーリ仏典 第2期1) 
2003/4/21
片山 一良 (翻訳)

パーリ仏典シリーズ(大蔵出版)の中部経典6冊、長部経典6冊シリーズの特徴としては、 もとのパーリ原文をビルマ(ミャンマー)版を主に採用されているようで、それぞれの経典をどう解釈するか?という解説文(後世の仏教僧のブッダゴーサ長老による註釈書の部分的紹介)が豊富です。 片山一良(駒沢大教授)お一人で訳されており、訳は原文に出来るだけ近く、逐語訳(直訳)です。





原始仏典〈第1巻〉長部経典1 
2003/2/1
監修:中村 元
翻訳:森 祖道, 橋本 哲夫, 浪花 宣明, 渡辺 研二

もとのパーリ原文をPTS(イギリス)版を主に採用されているようで、註釈が少ない分、一冊に多くの経典が詰め込まれているようです。多くの学者による訳で、同じ単語でも学者により様々な訳語になっており、できるだけ専門用語を使わず、「わかり易い現代日本語訳」を目指したものになっているようです。



『原子仏教』中山書房

一冊の値段が高い、片山一良の「パーリ仏典 中部経典 長部経典 大蔵出版」の前に、発行されたものです。訳は、同じ片山一良でやはり原文に出来るだけ近い、逐語訳(直訳)です。こちらの冊子には総説と欄外に少な目の註釈が付いている(最後に付録として他の筆者によるジャータカ物語、仏教語メモ等が少し入っているのもあり。)います。






パーリ原典対照 南伝大蔵経総目録
2004/4/1
大蔵出版編集部 (編集)

現代語訳ではなく、すべて文語訳です。当時で総勢51人の学者を要し、昭和10年4月から昭和16年2月にかけて発行。全65巻70冊。2千年以上の長きに渡って南方上座仏教に営々と伝えられてきたとされる、現、上座仏教教団(スリランカ・タイ・ミャンマー国etc)が保持してきたパーリ仏典の全訳です。この『南伝大蔵経』はイギリスのパーリ聖典協会発行のパーリ・テキスト・ソサエティ (Pali Text Society)版のパーリ語原文からの文語訳です。





ジャータカ全集〈1〉
2008/10/1
藤田 宏達 (翻訳), 中村 元

近年復刊されました。ブッダの前世物語で、第一巻の中村元先生のまえがきの最後に
「仏教経典の一部としてのジャータカは、韻文の詩の部分だけであり、散文の部分は後代の注解的説明である」とありますが、散文の部分がどれほど仏説に忠実なのか?はわかりませんが、読めばかなり面白いです!ジャータカは物語に入る前にいろいろ、当時の経典背景が書かれていて、(註釈書からだと思います。)参考になります。





仏法―テーラワーダ仏教の叡智
2008/2/25
ポー・オー・パユットー (著)
野中 耕一 (翻訳)

この方の凄いところは仏教を語るとき、出典を明確に明示してあるところです。ブッダ直々の説とされる経典から引用してるのか?、後世成立の上座仏教僧の註釈書から引用しているのか?はっきり分けて書いてあるところが、素晴らしいですね。自分の意見と伝統的に伝わっている仏説をきちんと分けているところが「理性的」で信頼おける文献だと思います。

2017年4月19日水曜日

法句経 1.双要品[和・英・ 漢・パ]


法句経 
DHAMMAPADA
南北対照英・漢・和訳

常盤大定 著
出版者:博文館
出版年月日:明39.4


第一 双要品
THE TWIN-VERSES

1

何事も、皆、心より起る。
心を本(もと)に、成らぬものなし。

ものいふに、また、ふるまふに、
けがれたる心よりせば、
車に轍(あと)のそふごとく、
(くるし)みの従はぬ事あらじ。

All that we are is the result of what we have thought:
it is founded on our thoughts, it is made up of our thoughts.

If a man speaks or acts with an evil thought, pain follows him, as the wheel follows the foot of him who draws the carriage.

心為法本 心尊心使
中心念悪 即言即行
罪苦自追 車轍於轍

Manopubbaṅgammā dhammā
Manoseṭṭhā manomayā
Manasā ce paduṭṭhena
Bhāsati vā karoti vā
Tato naṃ dukkham anveti
Cakkaṃ va vahato padaṃ


2

何事も、皆、心より起る。
心を本(もと)に、成らぬものなし。

ものいふに、また、ふるまふに
うるはしき心よりせば、
形の影のそふごとく、
(たのし)みの随はぬ事あらじ。

All that we are is the result of what we have thought:
it is founded on our thoughts, it is made up of our thoughts.

If a man speaks or acts with a pure thought, happiness follows him, like a shadow that never leaves him.

心為法本 心尊心使
中心念善 即言即行
福楽自追 如影随形

Manopubbaṅgammā dhammā
Manoseṭṭhā manomayā
Manasā ce pasannena
Bhāsati vā karoti vā
Tato naṃ sukhaṃ anveti
Chāyā va anapāyinī


3

「にくや、彼、我をはじヽめ、
うたて、我、彼に敗(やぶ)れぬ」

かヽる思ひを、胸にやとさば、
怨みのきゆる時はあらじな。

"He abused me, he beat me, he defeated me, he robbed me,"
-hatred in those who harbor such thoughts will never cease.

人若罵我 勝我不勝
快意従者 怨終不息

akkocchi maṃ avadhi maṃ
ajini maṃ ahāsi me
ye ca taṃ upanayhanti
veraṃ tesaṃ na sammati


4

「にくや、彼、我をはじヽめ、
うたて、我、彼に敗(やぶ)れぬ」

かヽる思ひを、胸にやどさずば、
遂に、怨みのきえぬ事なし。

"He abused me, he beat me, he defeated me, he robbed me,"
-hatred in those who do not harbor such thoughts will cease.

若人致毀罵 彼勝我不勝
快楽従意者 怨終得休息

akkocchi maṃ avadhi maṃ
ajini maṃ ahāsi me
ye ca taṃ nupanayhanti
veraṃ tesūpasammati


5

いつの世にかは、怨みによりて、
うらみ心の、きえてはつべき。

忍ぶの外(ほか)に、道はあらじと、
うべ、昔(むか)しより、いひぞ傳ふる。

For hatred does not cease by hatred at any time:
hatred cease by love;
This is an old rule.

不可怨以怨 終以得休息
行忍得息怨 此名如来法

na hi verena verāni sammantīdha kudācanaṃ
averena ca sammanti esa dhammo sanantano


6

(ひと)の身をせむるをやめて、
我と、我身(わがみ)をかへり見よ。

あはれ、よく、かくとしりなば、
争ひは、やがてきえなむ。

And some do not know that we must all come to an end here;
but others know it, and hence their quarrels cease.

不好責彼 務自省身
如有知此 永滅無患

pare ca na vijānanti mayaṃ ettha yamāmase
ye ca tattha vijānanti tato sammanti medhagā


7

五欲の赴むくまヽに、
快楽(たのしみ)の影のみを追ひ、
気弱く、心(こころ)(ゆる)まば、
なよ草の風にふす如(ごと)
(まよはし)に、たはされなまし。

He who lives looking for pleasures only, his senses uncontrolled, immoderate in his enjoyments, idle and weak, Māra (the tempter) will certainly overcome him, as the wind throws down a weak tree.

行見身浄 不摂諸根
飲食不節 慢惰怯弱
為邪所制 如風靡草

subhānupassiṃ viharantaṃ indriyesu asaṃvutaṃ
bhojanamhi cāmattaññuṃ kusītaṃ hīnavīriyaṃ
taṃ ve pasahati māro vāto rukkhaṃ va dubbalaṃ


8

快楽(たのしみ)の影を追わず、
適度(ほどほど)に、五根(ごこん)を制(おさ)へ、
気たけく、心(こころ)精進(しま)らば、
風ふけど、山動かぬ如(ごと)
(まよはし)に、たはされざらむ。

He who lives without looking for pleasures, his senses well controlled, in his enjoyments moderate, faithful and strong, Māra will certainly not overcome him, any more than the wind throws down a rocky mountain.

観身不浄 能摂諸根
食知節度 常楽精進
不為邪動 如風大山

asubhānupassiṃ viharantaṃ indriyesu susaṃvutaṃ
bhojanamhi ca mattaññuṃ saddhaṃ āraddhavīriyaṃ
taṃ ve nappasahati māro vāto selaṃ va pabbataṃ


9

心の中(うち)に毒態(けがれ)あり、
まだ自らを調(おさ)め得(え)で、
墨染(すみぞめ)の衣(ころも)きるとても、
きるかひもなき身ぞ、うたて。

He who wishes to put on the sacred orange-colored dress without having cleansed himself from sin, who disregards also temperance and truth, is unworthy of the orange-colored dress.

不吐毒態 欲心馳騁
未能自調 不應法衣

anikkasāvo kāsāvaṃ yo vatthaṃ paridahissati
apeto damasaccena na so kāsāvaṃ arahati


10

心の中(うち)に毒態(けがれ)なく、
よく自らを調(おさ)め得(え)ば、
かヽる身になむ、墨染(すみぞめ)
(ころも)の色ぞ相応(ふさ)はしき。

But he who has cleansed himself from sin, is well grounded in all virtues, and regards also temperance and truth, is indeed worthy of the orange-colored dress.

能吐毒態 戒意安静
降心已調 此應法衣

yo ca vantakasāvassa sīlesu susamāhito
upeto damasaccena sa ve kāsāvaṃ arahati


11

いつはりをまことヽ思ひ、
まことをば、いつはりとせば、
真理(まこと)をさとる時もなく、
あだの願ひを、たどるべし。

They who imagine truth in untruth, and see untruth in truth, never arrive at truth, but follow vain desires.

以真為偽 以偽為真
是為邪計 不得真利

asāre sāramatino sāre cāsāradassino
te sāraṃ nādhigacchanti micchāsaṅkappagocarā


12

まことをば、まことヽしりつ、
いつはりを、いつはりとせば、
やがて真理(まこと)をさとり得て、
たヾしき道を踏み行(ゆ)かむ。

They who know truth in truth, and untruth in untruth, arrive at truth, and follow desires.

知真為真 見偽知偽
是為正計 必得真利

sārañ ca sārato ñatvā asārañ ca asārato
te sāram adhigacchanti sammāsaṅkappagocarā


13

(やね)ふくとても、もし隙あらば、
雨ふるたびに、漏れもこそすれ。

こヽろの動くまヽに任さば、
うごくまにまに、欲ぞ漏れ出(で)ん。

As rain breaks through an ill-thatched house, passion will break through an unreflecting mind.

蓋屋不密 天雨則漏
意不惟行 淫泆為穿

yathā agāraṃ ducchannaṃ vuṭṭhi samativijjhati
evaṃ abhāvitaṃ cittaṃ rāgo samativijjhati


14

七重(なヽへ)に、八重(やへ)に、屋(やね)をふきなば、
雨ふるとても、漏らんよしなし。

こヽろを、かたく摂(をさ)めゆきなば、
漏れ出(いづ)る欲もあらじとぞ思ふ。

As rain does not break through a well-thatched house, passion will not break through a well-reflecting mind.

蓋屋善密 雨則不漏
摂意惟行 淫泆不生

yathā agāraṃ succhannaṃ vuṭṭhi na samativijjhati
evaṃ subhāvitaṃ cittaṃ rāgo na samativijjhati


15

道にたがへる業(わざ)を為す身は、
この世、後(のち)の世、ともに痛(いた)まし。

あしかりしむかし思へば、
心は苦し、また悲し。

The evil-doer mourns in this world, and he mourns in the next; he mourns in both.
He mourns, he suffers when he sees the evil of his own work.

造憂後憂 行悪両憂
彼憂惟懼 見罪心懅

idha socati pecca socati pāpakārī ubhayattha socati
so socati so vihaññati disvā kammakiliṭṭham attano


16

道にかなへる業(わざ)を為す身は、
この世、後(のち)の世、ともにうるはし。

(きよ)かりしむかし思へば、
心は楽し、またうれし。

The virtuous man delights in this world, and he delights in the next; he delights in both.
He delights, he rejoices, when he sees the purity of his own work.

造喜後喜 行善両喜
彼喜惟歓 見福心安

idha modati pecca modati katapuñño ubhayattha modati
so modati so pamodati disvā kammavisuddhim attano


17

道にたがへる業(わざ)を為す身は、
この世、後(のち)の世、ともに苦しむ。

かへりみるだも、くるしきを、
罪の報いを見ば、いかに。

The evil-doer suffers in this world, and he suffers in the next; he suffers in both.
He suffers when he thinks of the evil he has done; he suffers more when going on the evil path.

今悔後悔 為悪両悔
厥為自殃 受罪熱悩

idha tappati pecca tappati pāpakārī ubhayattha tappati
pāpaṃ me katan ti tappati bhiyyo tappati duggatiṃ gato


18

道にかなへる業(わざ)を為す身は、
この世、後(のち)の世、ともに楽しむ

かへり見るだも、たのしきを、
(さち)の報いを見ば、いかに。

The virtuous man is happy in this world, and he is happy in the next; he is happy in both.
He is happy when he thinks of the good he has done; he is still more happy when going on the good path.

今歓後歓 為善両歓
厥為自祐 受福悦豫

idha nandati pecca nandati katapuñño ubhayattha nandati
puññaṃ me katan ti nandati bhiyyo nandati sugatiṃ gato


19

多く誦(よ)むとも、身に行はず、
動くこヽろを制(おさ)へ行(ゆ)かずば、
(よそ)の牛をば数ふるごとく、
(ひじ)りの友と、いはんよしなし。

The thoughtless man, even if he can recite a large portion (of the law), but is not a doer of it, has no share in the priesthood, but is like a cowherd counting the cows of others.

雖誦習多義 放逸不従正
如牧数他牛 難獲沙門果

bahum pi ce saṃhitaṃ bhāsamāno na takkaro hoti naro pamatto
gopo va gāvo gaṇayaṃ paresaṃ na bhāgavā sāmaññassa hoti


20

(よ)むことは、よし、少しなりとも、
三毒(さんどく)をすて、二世(にせ)に惑はず、
たヾしき智慧に意(こヽろ)開かば、
これや、聖(ひじ)りの友とこそ見め。

The follower of the law, even if he can recite only a small portion (of the law), but, having forsaken passion and hatred and foolishness, possesses true knowledge and serenity of mind, he, caring for nothing in this world, or that to come, has indeed a share in the priesthood.

時言少求 行道如法
除媱怒癡 覚正意解
見対不起 是佛弟子

appam pi ce saṃhitaṃ bhāsamāno dhammassa hoti anudhammacārī
rāgañ ca dosañ ca pahāya mohaṃ sammāppajāno suvimuttacitto
anupādiyāno idha vā huraṃ vā sa bhāgavā sāmaññassa hoti



出典:
法句経 : 南北対照英・漢・和訳 常盤大定 著
Readings in Pali Texts
常足庵備忘録


2016年5月30日月曜日

「パーリ三蔵」の日本語訳一覧




まんどぅーかのパーリ語ページ
「パーリ語経典入門」より



パーリ語経典は、日本では1935〜41年にかけて高楠順次郎の監修のもと、『南伝大蔵経』65巻70冊という形で出版されました。






岩波文庫からも中村元の訳で、主要経典が出版されています。






大蔵出版からは片山一良訳で、「パーリ仏典 長部」「パーリ仏典 中部」などが翻訳出版されています。






このような様々なかたちで翻訳がでています。原典はPTS(Pali Text Society)から出版されていますし、ネット上ではVRI(Vipassana Research Institute)で原文を入手することが可能です。






パーリ語経典は大きく3部分にわかれ、これを総称して「(パーリ語)三蔵」といいます。

1. 律蔵
(Vinaya piṭaka)ヴィナヤ・ピタカ
2. 経蔵
(Sutta piṭaka)スッタ・ピタカ
3. 論蔵
(Abhidhamma piṭaka)アビダンマ・ピタカ






1. 律蔵(Vinaya piṭaka)ヴィナヤ・ピタカは僧侶、出家者の生活規則、規範、禁止事項を定めたもので、3部からなります。



経分別(Sutta vibhaṇga)スッタ・ヴィバンガ
日本語訳[南伝大蔵経1 ,2
犍度部(Khandhaka)カンダカ
日本語訳[南伝大蔵経3 ,4 ;国訳論14]
附随(Parivāra)パリヴァーラ
日本語訳[南伝大蔵経5






2. 経蔵(Sutta piṭaka)スッタ・ピタカはブッダやその弟子たちの言行などで、分量的な長さに応じて5つに分かれます。



2.1 長部経典
(Dīgha nikāya)ディーガ・ニカーヤ

戒蘊篇(Sīlakkhandha vagga)シーラッカンダ・ヴァッガ
日本語・全訳[南伝大蔵経6原始仏典1パーリ仏典2.1パーリ仏典2.2
日本語・部分訳[沙門果経 ]





大篇(Mahā vagga)マハー・ヴァッガ
日本語・全訳[南伝大蔵経6 ,7原始仏典2パーリ仏典2.3パーリ仏典2.4
日本語・部分訳[大般涅槃経(ブッダ最後の旅)大念処経





波梨篇(Pāthika vagga)パーティカ・ヴァッガ
日本語・全訳[南伝大蔵経8原始仏典3パーリ仏典2.5パーリ仏典2.6






2.2 中部経典
(Majjhima nikāya)マッジマ・ニカーヤ

根本五十経篇(Mūla paṇṇāsa)ムーラ・パンナーサ
日本語・全訳[原始仏典4原始仏典5パーリ仏典1.1 、パーリ仏典1.2 ]
日本語・部分訳[大念処経(A.スマナサーラ)大念処経(片山一良)鋸喩経





中分五十経篇(Majjhima paṇṇāsa)マッジマ・パンナーサ
日本語・全訳[原始仏典5原始仏典6パーリ仏典1.3パーリ仏典1.4

後分五十経篇(Upari paṇṇāsa)ウパリ・パンナーサ
日本語・全訳[原始仏典6原始仏典7パーリ仏典1.5パーリ仏典1.6 ]




2.3 相応部経典
(Saṃyutta nikāya)サンユッタ・ニカーヤ

有偈篇(Sagāthā vagga)サガータ・ヴァッガ
日本語・全訳[原始仏典2.1パーリ仏典3.1パーリ仏典3.2
日本語・部分訳[1〜3(ブッダ神々との対話)4〜11(ブッダ悪魔との対話)





因縁篇(Nidāna vagga)ニダーナ・ヴァッガ
日本語・全訳[原始仏典2.2パーリ仏典3.3パーリ仏典3.4

蘊篇(Khandha vagga)カンダ・ヴァッガ
日本語・全訳[原始仏典2.3

六処篇(Saḷāyatana vagga)サラーヤタナ・ヴァッガ
日本語・全訳[原始仏典2.4

大篇(Mahā vagga)マハー・ヴァッガ
日本語・全訳[原始仏典2.5原始仏典2.6




2.4 増支部経典
(Aṇguttara nikāya)アングッタラ・ニカーヤ

一集(Ekaka-nipāta)エーカカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経17

二集(Duka-nipāta)ドゥカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経17

三集(Tika-nipāta)ティカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経17

四集(Catukka-nipāta)チャトゥッカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経18

五集(Pañcaka-nipāta)パンチャカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経19

六集(Chakka-nipāta)チャッカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経20

七集(Sattaka-nipāta)サッタカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経20

八集(Aṭṭhakādi-nipāta)アッタカーディ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経21

九集(Navaka-nipāta)ナヴァカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経22上

十集(Dasaka-nipāta)ダサカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経22上南伝大蔵経22下

十一集(Ekādasaka-nipāta)エーカーダサカ・ニパータ
日本語訳[南伝大蔵経22下









2.5 小部経典
(Khuddaka nikāya)クッダカ・ニカーヤ





小誦経(Khuddaka-pāṭha)クッダカ・パータ
日本語訳[小部経典1

法句経(Dhammapada)ダンマパダ
日本語訳[小部経典1ダンマパダ(ブッダ真理のことば)中村元法句経(ダンマパダ)A.スマナサーラダンマパダ(片山一良)法句経(友松圓諦) ほか多数]






自説経(Udāna)ウダーナ
日本語訳[小部経典1

如是語経(Itivuttaka)イティヴッタカ
日本語訳[小部経典1

経集(Sutta-nipāta)スッタニパータ
日本語訳[小部経典1スッタニパータ(ブッダのことば)中村元スッタ・ニパータ(A.スマナサーラ) ほか多数ー]






天宮事経(Vimāna-vatthu)ヴィマーナヴァットゥ
日本語訳[小部経典2

餓鬼事経(Peta-vatthu)ペータヴァットゥ
日本語訳[小部経典2

長老偈経(Thera-gāthā)テーラガーター
日本語訳[小部経典2テーラガーター(仏弟子の告白)






長老尼偈経(Therī-gāthā)テーリーガーター
日本語訳[小部経典2テーリーガーター(尼僧の告白)






譬喩経(Apadāna)アパダーナ
日本語訳[小部経典3小部経典4小部経典5

仏種姓経(Buddha-vaṃsa)ブッダ・ヴァンサ
日本語訳[小部経典5

所行蔵経(Cariyā-piṭaka)チャリヤー・ピタカ
日本語訳[小部経典5

本生経(Jātaka)ジャータカ





大義釈(Mahā-niddesa)マハー・ニッデーサ
日本語訳[小部経典8

小義釈(Cūḷa-niddesapāḷi)チューラ・ニッデーサ
日本語訳[小部経典9

無礙解道(Paṭisambhidā-magga)パティサンビダー・マッガ
日本語訳[小部経典10






3. 論蔵(Abhidhamma Pitaka)アビダンマ・ピタカとは「法(教え)に関して」という意味で、教義に関する解説です。このため、律や経がブッダの言葉あるいはブッダが定めたものということになっているのに対し、論は仏弟子の撰述ということになっています。



法集論(Dhamma-sangani)ダンマサンガニ
日本語訳[南伝大蔵経45

分別論(Vibhanga)ヴィバンガ
日本語訳[南伝大蔵経46南伝大蔵経47

界論(Dhātukathā)ダートゥカター
日本語訳[南伝大蔵経47

人施設論(Puggala-paññatti)プッガラ・パンニャッティ
日本語訳[南伝大蔵経47

論事(Kathāvatthu)カターヴァットゥ
日本語訳[南伝大蔵経57南伝大蔵経58

双論(Yamaka)ヤマカ
日本語訳[南伝大蔵経48上南伝大蔵経48下南伝大蔵経49

発趣論(Paṭṭhāna)パッターナ
日本語訳[南伝大蔵経50南伝大蔵経51南伝大蔵経52南伝大蔵経53南伝大蔵経54南伝大蔵経55南伝大蔵経56




蔵外(Anya)
パーリ語三蔵には入っていませんが、重要・有名な文書で経典扱いされているものです。


弥蘭王問経(Milinda-pañha)ミリンダ・パンハ
日本語訳[南伝大蔵経59上南伝大蔵経59下






島王統史(Dīpa vaṃsa)
日本語訳[南伝大蔵経60

大王統史(Mahā vaṃsa)
日本語訳[南伝大蔵経60

小王統史(Cūḷa vaṃsa)
日本語訳[南伝大蔵経61

清浄道論(Visuddhi-magga)
日本語訳[南伝大蔵経62南伝大蔵経63南伝大蔵経64

一切善見律註序(Samanta pāsādikā)
日本語訳[南伝大蔵経65

摂阿毘達磨義論(Abhidhammattha saṇgaha)アビダンマ・マッタサンガハ
日本語訳[南伝大蔵経65






阿育王刻文(Dhamma lipi)
日本語訳[南伝大蔵経65






参考:アビダンマの解説書



ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)1
ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)2
ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)3
ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)4
ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)5
ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)6
ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)7
ブッダの実践心理学(アビダンマ講義)8