自鏡流祖
多賀自鏡軒盛政
1.
稽古には 清水の末の細々と 絶へす流る々心こそよき
2.
夕立の せきとめかたきやり水は やがて雫もなきものぞかし
3.
うつるとも月も思わず うつすとも水も思わぬ 猿澤の池
4.
幾千度(いくちたび) 闇路をたどる小車の 乗得てみれば輪のあらばこそ
5.
稽古には 山澤河原 崖や淵 飢えも暑寒も身は無きものにして
6.
吹けば行く 吹かねば行かぬ浮き雲の 風に任する身こそやすけれ
7.
山河に 落ちて流る々栃殻も 身を捨て々こそ浮かぶ瀬もあれ
8.
わけ登る 麓の道は多けれど 同じ雲井の月をこそ見れ
9.
兵法は 立たざる前に先づ勝ちて 立合てはや敵はほろぶる
10.
體と太刀と 一致に成りてまん丸に 心も丸き是(これ)ぞ一圓
11.
稽古にも 立たざる前の勝にして 身は浮島の松の色かな
12.
曇りなき 心の月の晴やらば なす業々も清くこそあれ
13.
軍にも まけ勝あるは常の事 まけて負けざることを知るべし
14.
とにかくに 本を勤めよ末々は ついに治るものと知るべし
15.
兵法の 奥義は睫(まつげ)のつる々(如く)もの あまり近くて迷いこそすれ
16.
我流を つかはば常に心還(また) 物云ふ迄も執行(修行)ともなせ
17.
我流を 使ひて見れば 何もなくして勝つ道を知れ
18.
兵法の 先(せん)は早きと心得て 勝を急(あせ)って危うかりけり
19.
兵法は つよきを能きと思なば 終には負けと成ると知るべし
20.
兵法の 強き内にはつよみなし 強からずして負けぬものなり
21.
立会は 思慮分別に離れつ々 有そ無きぞと思ふ可(べか)らず
22.
兵法を 使へば心治まりて 未練のことは露もなきもの
23.
朝夕に 心にかけて稽古せよ 日々に新たに徳を得るかな
24.
長短を 論することをさて置て 己が心の利剣にて斬れ
25.
前後左右 心の枝直くならば 敵のゆがみは天然と見ゆ
26.
雲霧は 稽古の中の転変そ 上は常住すめる月日ぞ
27.
兵法は 行術も知らず果てもなし 命限りの勤とぞ知れ
28.
我流を 教へしま々に直にせば 所作鍛練の人には勝べし
29.
麓なる 一本の花を知り顔に 奥もまだ見ぬ三芳野の春
30.
目には見えて 手には取れぬ 水の中の月とやいはん流儀なるべし
31.
心こそ 敵と思ひてすり磨け 心の外に敵はあらじな
32.
習より 慣るるの大事願くは 数をつかふにしくことはなし
33.
馴るるより 習の大事願くは 数もつかへよ理を責めて問へ
34.
屈たくの 起る心の出るのは すは剣術になるとしるべし
35.
世の中の 器用不器用異ならず 只真実の勤めにそあり
36.
兵法を あきらめぬれはもとよりも 心の水に波は立つまじ
37.
剣術は 何に譬へん岩間もる 苔の雫に宿る月影
38.
性(さが)を張る 人と見るなら前方に 物あらそひをせぬが剣術
39.
兵法は 君と親との為なるを 我身の芸と思ふはかなさ
40.
一つより 百まで数へ学びては もとの初心となりにけるかな
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