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放つ位
柳生連也の至境
尾州の第二代瑞竜公、徳川光友が、その剣道の師、新陰流正統五世の柳生厳包(よしかね)入道連也(れんや)に、自分の悟ったところを呈示したものだといわれている歌に
張れや張れ
ただゆるみなきあづさ弓
放つ矢さきは知らぬなりけり
というのがある。
この歌を、同流第二十世の柳生厳長先生は、日本剣道の真髄たる「真剣の妙趣」を詠じたものとして、これを精進、充実、超絶の三段に分け、大略次のように説いている。
まことに「真剣」は層々向上極り無き精進―向上発展、勤勉、努力そのもの、即ち是れ誠心であります。瑞竜公の「はれやはれ」であります。これを誠にするは「人」にあります。
この精進、誠心による充実―充ち満ちた姿であります。兵法にこれを「勢」と謂ひ「位」とします。「たゞゆるみなきあづさ弓」であります。これは「地」にあり、また「人」にあります。
さらに「真剣」は、この精進、充実を頂上とし、その絶頂からの飛躍であり、擺(はい)脱であり、超絶境であります。生死脱得であります。真に百尺竿頭一歩を放って行くものであります。「はなつ矢さきはしらぬなりけり」であります。兵法にこれを「放ツ位」「一刀両断の位」といふ。これは「天」にあります。(日本剣道の極意)
普通に剣道の教えとしてよく知られている守・破・離という修行の順序も、これにあてはめて考えることができるであろう。その意味では、この三つの次第は、ひとり新陰流あるいは剣の道にかぎるものではない。何の道の修行にしても、この順序でゆくほかはないと思う。
前に書いた正三老人の仁王禅にしても、一生仁王さまのようにしていろということではなく、結局は如来禅という「放ツ位」に至るためには、まず緊張充実の仁王の門をくぐらなければ、本尊の観音様には、お詣りできないということなのである。
晩年には夜中、写経などしていると肩や膝にチョロチョロと鼠がでてきて遊んでいたといわれる山岡鉄舟翁も、若い頃には坐禅をはじめると、不思議や今まで暴れ回っていた鼠が一匹もいなくなったという。夫人がそのことを話すと、翁は「おれの禅は鼠のかがしが相場な」と笑われたと「全生庵記録抜萃」に記されている。
われわれの坐禅は、その鉄舟翁にとってはごく初歩であるところの、鼠のかかしにすらならないのだから情けないものである。試みに天井でガタガタやっているときを選んでグッと坐ってみるが、鼠公は一向に退散しない。要するに、張りかたが足りないのである。
禅は向下を尚ぶという。エックハルトもニイチェも没落、下向を重しとする。わが天孫も高天原から人界に降ってきたものである等々、まさにその通りである。その通りであるが、現実に絶巓に身を置いたことのないものには、向下したいにも降りようがないではないか。はじめから下にいる者が、さらに降りようとすれば地獄よ りほかに行き先はないはずである。「放つ」 ことができるためには、まず「ゆるみなく」「張ら」れていなければならぬ道理である。
さて、尾州侯は右の見所が印可されてか、連也の跡を受けて新陰流正統六世を継いだのであるが、ここでは光友公のことではなく、その師の蓮也についてのべたいのである。連也は、近頃、五味康祐の小説で有名になっているが、この人には小説の種になるような逸話がたくさんある。
かれはいつも門人に向かって「わしに隙があったらいつでも遠慮なく打込むがよい」と言っていたほど絶対の自信をもっていたらしい。
すがすがしく晴れわたった秋の一日、かれは二、三の門人をつれて野外に清遊を試みた。ふと便意を催した彼は、川のほとりで澄みわたった大空を見上げながら、のんびりと小用を足していた。これを見た門下の松井某は「このとき!」とばかり背後から力一杯に連也の腰のあたりを突いた。途端に水音高く、しぶきが散った。
五味康裕の小説ならサテ落ちたのは誰だろうというところだが、連也は依然として両足をふんばり、気持よさそうに川べりに立って用を足していたというから、落ちたのは松井であることは明らかである。
松井君ばかり引合いに出してお気の毒だが、中年以後碁をたしなんだ連也は、今日も朝から松井を相手にパチリパチリと打ちはじめた。松井は川の水を存分に浴びせられた返報をとでも思ってか、容赦なく攻め込む。すでに何局か連敗を喫した連也は、ジッと盤面を見つめてしきりに長考一番、苦吟している。
碁では師匠より強い松井は、好機とばかり、ソッと拳を握り固めた。すると、連也がヒョイと顔を上げて松井を見た。しかし、これは偶然かも知れない。かならずしも察気の法によって、こちらの心気の動きを感知したものとはかぎらない。だから、松井はさらに次の機会を作るべく、しきりに口汚なく師匠を挑発する。
「先生、どうしましたか。もうあきらめて投げますか」
などといいながら、苦慮沈思する連也の顔をねらって、またもや拳を打ち出そうとした。間、髪を容れず、連也は体をそらせながら、
「冗談はよせ!」
としかった。松井はあげた手で自分の頭などをかきながら、
「なんですか」
と、とほけてみせた。
八方破れの中に、みじんも隙のないこれらの作用は、剣の専門語で「拍子を知る」、すなわち機を知るというはたらきであろう。いわゆるきざしを察知することである。連也はのちに松井に向かって
「お前がわしを試みようとするのは、お前がいまだ剣の真意を解しない証拠である。事には必ずきざしというものがある。すでにきざしがあれば相手に察知されるのは必定ではないか。体をかわすというのは術だが、きざしを知るのは術ではない。そのきざし、すなわち機を知ったら、その機に乗ずるというだけでなく、さらにその機をわがものにし、自由に使うようにしなければ駄目である」
とさとしたということである。
その機を知り、機に乗じ、機を使うというはたらきの基調をなすものは一体何であろうか。それはほかでもない。 張りに張って、緊張充実した頂点から、 さらに飛躍した「放つ位」、いいかえれば何ものにも依らない、そして何ものにも滞らないところの無住心でなければならない。仁王の門を通り越した、御本尊の観音の妙智力でなければならない。
柳生に縁のある沢庵の言葉でいえば、それが「不動智」というものであろう。不動智とは、沢庵もいっているように流動して滞らないことであり、分別せずしてしかもよく分別してあやまらないことである。そのような境地が「放つ位」というものであろう。
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