from:
『宋名臣言行録』王質
公、相門に在りて驕(おご)らず華やかならず、貧をもって宝となす。
公在相門、而弗矯、弗華、以貧為宝、
文正舎人(しゃじん)たりし時、家はなはだ虚なり。
文正作舎人時、家甚虚、
つねに人に金を貸り、もって昆弟を贍(たらわ)す。
嘗貸人金、以贍昆弟、
期を過ぎて入らざれば、乗るところの馬を輟(てっ)してもってこれを償(つぐな)う。
過期不入、輟所乗馬、以償之、
公、家蔵の書を閲するによりてその券を得、家人を召してこれに示して日く、
公因閲家蔵書、而得其券、召家人、示之日、
「これ前人の清風なり。われらが輩、まさに奉じて墜ざるべし。よろしくこれを秘蔵すべし」と。
此前人清風、吾輩当奉而不墜、宜秘蔵之、
また顔魯公尚書たりし時、米を李大夫に乞いし墨帖(ぼくじょう)を得て、石に刻してもってこれを摸し、逼く親と友の間に遺る。
又得顔魯公為尚書時、乞米干李大夫墨帖、刻石、以摸之、遍遺親友間、
その雅尚かくのごとし。ゆえに終身貧ならざるに、至る所氷蘗の声あり。
其雅尚如此、故終身不貧、所至有氷蘗声。
0 件のコメント:
コメントを投稿