原始仏典 第6巻
中部経典Ⅲ
第86経
残忍な盗賊アングリマーラの帰依
央掘摩経
わたしはこのように聞いた。あるとき、世尊はサーヴァッティーにあるジェータ林のアナータピンディカの森に住んでおられた。その頃、パセーナディコーサラ王の国には、アングリマーラという名の盗賊がいた。かれは残忍で、手は血塗られており、人を殺すことに固執しており、生きとし生けるものに対してあわれみをもたずにいた。それゆえに村々も村ではなくなり、多くの町も町ではなくなり、国々も国ではなくなった。その男は、人々を殺しに殺して〔その人たちの〕指で作った首飾りを身につけていた。
そのとき世尊は、朝早く内衣を着て鉢を手にもち、上衣を着てサーヴァッティーに托鉢に入った。サーヴァッティーで托鉢にまわった後、臥座所をたたんで鉢を手にとり、上衣を着て盗賊アングリマーラがいる道に進んだ。そのとき、牛飼いや山羊飼いや農夫や走っている人々が、盗賊アングリマーラがいる道に進んで行く世尊を見た。世尊を見て、こういった。
「沙門よ、この道を行かない方がいい。沙門よ、この道には、アングリマーラという名の盗賊がいます。かれは残忍で手は血塗られており、人を殺すことに夢中になり、生きとし生けるものにあわれみをもたずにいました。だから村々も村ではなくなり、多くの町も町ではなくなり、国々も国ではなくなりました。その男は、人々を殺しに殺して指で作った首飾りを身につけているのです。
じつに沙門よ。この道を十人の人々も、二十人の人々も、三十人の人々も、四十人の人々も集まって進みました。かれらもまた、盗賊アングリマーラの手中におちたのです」
こういったとき世尊は、沈黙されて行った。二度目にも、牛飼いや山羊飼いや農夫や走っている人々は世尊にこういった。
「沙門よ、この道を行かない方がいい。沙門よ、この道には、アングリマーラという名の盗賊がいます。かれは残忍で手は血塗られており、人を殺すことに夢中になり、生きとし生けるものにあわれみをもたずにいました。だから村々も村ではなくなり、多くの町も町ではなくなり、国々も国ではなくなりました。その男は、人々を殺しに殺して指で作った首飾りを身につけているのです。
じつに沙門よ。この道を十人の人々も、二十人の人々も、三十人の人々も、四十人の人々も集まって進みました。かれらもまた、盗賊アングリマーラの手中におちたのです」
二度目もまた世尊は、沈黙されて行った。三度目にも、牛飼いや山羊飼いや農夫や走っている人々は世尊にこういった。
「沙門よ、この道を行かない方がいい。沙門よ、この道には、アングリマーラという名の盗賊がいます。かれは残忍で手は血塗られており、人を殺すことに夢中になり、生きとし生けるものにあわれみをもたずにいました。だから村々も村ではなくなり、多くの町も町ではなくなり、国々も国ではなくなりました。その男は、人々を殺しに殺して指で作った首飾りを身につけているのです。
じつに沙門よ。この道を十人の人々も、二十人の人々も、三十人の人々も、四十人の人々も集まって進みました。かれらもまた、盗賊アングリマーラの手中におちたのです」
そこで世尊は、沈黙されて行った。
盗賊アングリマーラは、世尊が遠くからやって来るのを見た。見てかれはこう思った。
「じつに不思議なことだ。じつに未曾有のことだ。じつにこの道を十人の人々も、二十人の人々も、三十人の人々も、四十人の人々も五十人の人々も集まりに集まって進んだ。かれらもまたわたしの手中におちた。ところがこの沙門は、一人で連れもなく無理やりやって来ているように思う。一体わたしは、この沙門の命を奪うげきかどうか」と。
そのとき盗賊アングリマーラは、刀と盾を取って弓矢をつけて、世尊を背後から追いかけた。すると世尊は、盗賊アングリマーラが自然に歩いている世尊を、全力で追いかけても追いつくことができないように、神通の行為をはした。そのとき盗賊アングリマーラにはこの思いが起こった。
「じつに不思議なことだ。じつに未曾有のことだ。なぜならわたしは、昔、走っている象をも追いかけてつかまえた。走っている馬をも追いかけてつかまえた。走っている車をも追いかけてつかまえた。走っている鹿をも追いかけてつかまえた。ところがわたしは自然に歩いているこの沙門を、全速力で追いかけても追いつくことができないのだ」
立ちどまって世尊にこういった。
「沙門よ、止まれ。沙門よ、止まれ」
「アングリマーラよ、わたしは立ち止まっている。汝こそ止まれ」
すると盗賊アングリマーラには、この思いが起こった。
「シャカ族の息子であるこれらの沙門たちは、真実を語り、真実の誓いをもっている。ところがこの沙門は歩いているのに、『アングリマーラよ、わたしは立ち止まっている。汝こそ止まれ』といった。よし、わたしは、この沙門に尋ねてやろう」と。
そこで盗賊アングリマーラは、世尊に偈文をもって話しかけた。
「沙門よ、お前は、歩いているのに立ち止まっている、といっている。
そして、わたしが立ち止まっているのに立ち止まっていないとお前はいう。
お前にわたしはこの意味を尋ねる。
どうしてお前は立ち止まっていて、わたしは立ち止まっていないのか」
「アングリマーラよ、わたしは立ち止まっている。
つねに一切の生きとし生けるものに対して害心を捨てて。
ところが汝は、生きものに対して抑制をもっていない。
だから、わたしは立ち止まっているが、汝は立ち止まっていないのだ」
「じつに、久しくして、わたしが尊敬する大仙人である、
この沙門が森に現れた。
わたしは、長いあいだ悪を捨てましょう。
心理にかなったあなたの偈文を聞いて」
こういって盗賊は、刀と武器とを、
深い山あいや崖や岩の割れ目に投げ捨てた。
盗賊は、如来の足元にひれ伏した。
そこでかれに出家を願い出た。
また、慈しみ深い仏、大仙人、
天人を含む世間の師は、
かれに、「来れ、比丘よ」とそのときいった。
このことばは、じつにかれが比丘となることであった。
ときに世尊は、長老アングリマーラ随従沙門とともに、サーヴァッティーに向かって遊行にいった。次々と遊行を行いつつサーヴァッティーに至った。そこでまさに世尊は、ジェータ林のアナータピンディカ園に止まった。
ところがその頃、パセーナディコーサラ王の王宮の入口に多くの人々が集まって、高声、大声を立てていた。
「王様、あなたの国には、アングリマーラという名の盗賊がいます。かれは残忍で、手は血塗られており、人を殺すことに夢中になり、生きとし生けるものに対してあわれみをもたずにいます。それゆえに村々も村ではなくなり、多くの町も町ではなくなり、国々も国ではなくなってしまったのです。その男は、人々を殺しに殺して指でつくった首飾りを身につけているのです。王様、その男を防いで下さいますように」と。
そこでパセーナディコーサラ王は、五百頭の馬とともにサーヴァッティーから出て、早朝に森に向かって出発した。乗り物のための道があるかぎり乗り物で行ったあと、乗り物から下りて歩兵のごとく世尊のもとに近づいた。近づいて世尊を礼拝して一隅に座った。ときに一隅に座ったパセーナディコーサラ王に世尊はこういった。
「大王よ、あなたはマガダ国のセーニヤビンビサーラ王を攻めようとしているのですか。あるいはヴェーサーリーのリッチャヴィー族をですか。あるいは他の敵王たちをですか」
「尊者よ。わたしはマガダ国のセーニヤビンビサーラ王を攻めようとしているのではありません。あるいはヴェーサーリーのリッチャヴィー族をでもありません。あるいは他の敵王たちをでもありません。
尊者よ、わたしの国にアングリマーラという名の盗賊がいます。かれは残忍で、手は血塗られており、人を殺すことに夢中になり、生きとし生けるものに対してあわれみをもたずにいます。それゆえに村々も村ではなくなり、多くの町も町ではなくなり、国々も国ではなくなってしまったのです。その男は、人々を殺しに殺して指でつくった首飾りを身につけているのです。わたしは逃しません」と。
「大王よ、でも、もしもあなたが、髪と髭を剃って袈裟衣をまとい、家ある状態から家なき状態に出家し、生きものを傷つけることをやめ、与えられないものを盗むことをやめ、うそをつくことをやめ、一日に一回だけの食事をし、梵行を行じ、つつしみをもち、善い性質をもっているアングリマーラを見たなら、あなたはどうしますか」
「わたしは敬礼いたしましょう。尊者よ、立って迎えましょう。座をすすめて招待しましょう。また、法衣と托鉢食と臥坐具と病人の資具である薬と必需品をかれに供養しましょう。かれのためにふさわしい保護と覆いと警護を用意しましょう。しかし、いましめを守らず、悪い性質のかれに、このようなつつしみ深い抑制がどうしてできるでしょうか」
そのとき、長老アングリマーラは、世尊から遠くないところに座っていた。そこで世尊は、右手を差し出してパセーナディコーサラ王にこういった。
「大王よ、これがアングリマーラです」
すると、パセーナディコーサラ王には、恐れが生じた。体が硬直するような状態になった。身の毛がよだった。そこで世尊は、パセーナディコーサラ王が恐れ、身の毛がよだつほど驚いているのを知って、パセーナディコーサラ王にこういった。
「恐れることはないのです。大王よ、恐れなくてもよいのです。大王よ。あなたにはかれからの恐れはないのです」
そのとき、パセーナディコーサラ王にとっての、恐れであり。体が硬直することであり、身の毛のよだつことであるものは静まった。
そのとき、パセーナディコーサラ王は、長老アングリマーラのもとに近づいた。近づいて長老アングリマーラにこういった。
「尊者よ、長老アングリマーラですか」
「その通りです。大王よ」
「尊者よ、長老の父上は、なんという姓ですか。母上は、なんという姓ですか」
「大王よ、父は、ガッガといいます。母はマンターニーです」
「尊者よ、聖者ガッガマンターニーの子息は、お喜びください。わたしは、聖者ガッガマンターニーの子息のために、法衣と托鉢食と臥坐具と病人の資具である薬と必需品のための努力をしましょう」
ところでそのとき、長老アングリマーラは、林住者であり、乞食者であり、糞掃衣者であり、三衣者となっていた。長老アングリマーラは、パセーナディコーサラ王にこういった。
「大王よ、十分です。わたしにとっては三衣で十分です」
それから、パセーナディコーサラ王は、世尊のもとに近づいた。近づいて世尊を礼拝して一隅に座った。時に一隅に座ったパセーナディコーサラ王は世尊にこういった。
「不思議なことです、尊者よ。未曾有のことです、尊者よ。これはそれほどのことです。尊者よ。世尊は、調御されない人々を調御する人であり、静まっていないものたちを静める人であり、涅槃に入っていない人々を涅槃に入らせる人です。なぜなら尊者よ、わたしたちが罰則でも刀でも調御できなかった人が、世尊によって罰則も与えられず、刀も与えられずに調御されたのですから」
「尊者よ、いまや、わたしたちは参ります。わたしたちには多くのなさねばならない仕事があります」
「いまそのときだと、あなたはお考えなのですね。大王よ」
そのとき、パセーナディコーサラ王は、座から立ち上がって世尊に挨拶をして右遶して立ち去った。
時に、長老アングリマーラは、早朝に衣をつけて鉢を手にもち上衣を着てサーヴァッティーに托鉢に入った。時に、アングリマーラは、サーヴァッティーで順次に托鉢のために歩いていくうち、異常妊娠で、難産の一人の婦人を見た。見て、かれにはこういう思いが起こった。
「ああじつに、人々は苦しんでいる。ああじつに、人々は苦しんでいる」と。
長老アングリマーラは、サーヴァッティーで托鉢にまわった後、食後に托鉢から戻って世尊のもとに近づいた。近づいて世尊を礼拝して一隅に座った。一隅に座った長老アングリマーラは世尊にこういった。
「尊師よ、いま、わたしは、早朝に衣をつけて鉢を手にもち上衣を着てサーヴァッティーに托鉢に入りました。そのとき、わたしは、サーヴァッティーで順次に托鉢に歩いているうち、異常妊娠で、難産の一人の婦人を見ました。見て、わたしにはこういう思いが起こりました。
『ああじつに、人々は苦しんでいる。ああじつに、人々は苦しんでいる』と」
「それでは、アングリマーラよ、汝はサーヴァッティーに近づきなさい。近づいてその婦人にこういいなさい。『姉妹よ、わたしは生まれてこのかた、故意に生きものの命を奪ったということを認めません。その真実にかけてあなたに幸せがあるように。胎児に幸せがあるように』と」
「尊師よ、それでは、わたしが意識的にうそをついたことになるのではないですか。尊師よ、なぜなら、わたしによって、故意に多くの生きものの生命が奪われているのですから」
「それでは、アングリマーラよ、汝はサーヴァッティーに近づきなさい。近づいてその婦人にこういいなさい。『姉妹よ、わたしは聖なる生まれに生まれてこのかた、故意に生きものの命を奪ったということを認めません。その真実にかけてあなたに幸せがあるように』と」
「そのようにいたします。尊師よ」
と、そのとき、長老アングリマーラは同意して、サーヴァッティーに近づいた。近づいてその婦人にこういった。
「姉妹よ、わたしは、聖なる生まれに生まれてこのかた、故意に生きものの命を奪ったということを認めません。その真実にかけてあなたに幸せがあるように。胎児に幸せがあるように」と。
すると、婦人は安楽になった。胎児も安楽になった。
そのとき、長老アングリマーラは、一人離れて精進し、努力し、専念して住していた。まもなく、そのために良家の息子たちが正しく家から家なき状態に出家する、その無上なる梵行の究極を、現実世界において自ら証知し、体験し、会得して住していた。「生は尽きた、梵行は完成した。なさるべきことは、なされた。さらにこの状態には戻らない」と、証知した。
そのとき、長老アングリマーラは、朝早く衣を着て鉢をもってサーヴァッティーに托鉢のため入った。
しかし、そのとき、他の人が投げた土塊が、長老アングリマーラの体にあたった。また他の人が投げた棒が、長老アングリマーラの体にあたった。他の人が投げた小石が、長老アングリマーラの体にあたった。そのとき、長老アングリマーラは、頭が傷つき、血が流れ落ち、鉢が壊れ、大衣がびりびりになって世尊のもとに近づいた。そのとき世尊は、長老アングリマーラが遠くから戻って来るのをご覧になった。御覧になって、長老アングリマーラにこういった。
「婆羅門よ、そなたは忍受せよ。婆羅門よ、そなたは忍受せよ。そなたがその行為の果報として何年、何百年、何千年、地獄で苦しむであろう、その行為の果報を現在に受けているのだよ」
そこで、独りいて、独り定に入り、解脱の楽しみを受けていた長老アングリマーラは、そのときこの感興の偈をとなえた。
以前には放逸であったが、その人が不放逸になり、
かれはこの世を照らす。雲を離れた月のように。
なされた悪い行為も、その人の善によってつぐなわれるなら、
かれはこの世を照らす。雲を離れた月のように。
じつに若い比丘で、仏の教えに努力している者、
かれはこの世を照らす。雲を離れた月のように。
わたしの敵たちは、法話を聞け。
わたしの敵たちは、仏の教えのもとで努めよ。
わたしの敵たちは、善き人たちが方に導いているが、
その人たちに親近せよ。
わたしの敵たちは、忍耐を説く人々の、慈悲を称賛する人々の法を聞くがよい。
ときどき法を聞け、そしてそれを遵奉せよ。
かれは疑いなくわたしを傷つけない。しかも他の誰をも傷つけない。
最高の寂静に到って動くものも動かないものをも守るであろう。
水の導き手は、水を導き、矢の作り手は、矢を矯正する。
大工は、木材を矯正し、賢者は、自己を調える。
ある人々は、杖や鉤やむちで調練する。
杖ももたず、剣ももたないそのような人によって、わたしは調練された。
以前に傷害者であったのにわたしの名前は、アヒンサカ(不傷害者)であった。
いまはわたしは、名前の通りである。わたしはどんな人をも傷つけない。
わたしは以前に盗賊であり、アングリマーラとして有名であった。
大洪水によって運ばれて仏に帰依した。
わたしは以前には手が血塗られ、アングリマーラとして有名であった。
帰依するところを見よ。生存に導く絆は根絶やしにされた。
そのような多くの悪しき世界に導く行為を行った後、
業果によって影響され、わたしは負債なく、食を享受する。
明知なき愚かな人々は放逸にふける。
しかし聡明な人々は、つとめはげむことを護る。最上の財産を守るように。
放逸にふけってはならない。愛欲と喜びに親しんではならぬ。
不放逸で禅定に入るものは、広大なる楽しみに至る。
よく来て、離れない、これは、わたしにとって悪く考えられたことではない。
詳説された教えの中で、すぐれたもの、それにわたしは到達した。
よく来て、離れない、これは、わたしにとって悪く考えられたことではない。
三明が体得された。仏の教えが成しとげられた。
訳:田辺和子
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