2020年11月6日金曜日

愚公 山を移す

 

愚公(ぐこう) (やま)(うつ)

出典:『列子』湯問

 

太行王屋二山、方七百里、高萬仞。

本在冀州之南、河陽之北。

 

太行(たいこう)王屋(おうおく)二山(にざん)は、(ほう)七百里(しちひゃくり)(たか)万仞(ばんじん)

(もと)冀州(きしゅう)(みなみ)河陽(かよう)(きた)()り。

 

太行山名。山西省にある太行山脈の主峰。

王屋山名。山西省にある。

四方。

万仞一万仞。

冀州古代の九州のひとつ。河北省・山西省一帯。

 

北山愚公者、年且九十。

面山而居、懲山北之塞出入之迂也。

聚室而謀曰、

“吾與汝畢力平險、指通豫南、達于漢陰。可乎。”

雜然相許。

 

北山(ほくざん)愚公(ぐこう)という(もの)あり、(とし)(まさ)九十(きゅうじゅう)ならんとす。(やま)(めん)して()り、山北(さんぽく)(そく)出入(しゅつにゅう)()なるに(くる)しむ。(しつ)(あつ)めて(はか)りて(いわ)く、

(われ)(なんじ)らと(ちから)(つく)して(けん)(たいら)かにし、予南(よなん)指通(しつう)して、漢陰(かんいん)(たっ)せん。()ならんか」と。

(みな)(しか)りとして(あい)(ゆる)す。

 

愚公愚公という老人。馬鹿じいさんという程度の意。

回り道。

家の人。

予南予州の南。

指通道を通じさせる。

漢陰漢水の南。

 

其妻獻疑曰、

“以君之力、曾不能損魁父之丘。如太行王屋何。且焉置土石。”

雜曰、

“投諸渤海之尾、隱土之北。”

 

(その)(つま)(うたが)いを(けん)じて(いわ)く、

(きみ)(ちから)(もっ)てしては、(すなわち)魁父(かいふ)(きゅう)(そん)ずる(あた)わず。太行(たいこう)王屋(おうおく)如何(いかん)せん。(まさ)(いずく)にか土石(どせき)(おか)んとする」と。

(みな)(いわ)く、

(これ)渤海(ぼっかい)()隠土(いんど)(きた)(とう)ぜん」と。

 

魁父小丘の名。

渤海北東部にある海域。勃海湾。

隠土東北にある州名。

 

遂率子孫、荷擔者三夫、叩石墾壤、箕畚運於渤海之尾。

 

(つい)子孫(しそん)(ひき)い、荷担(かたん)する(もの)三夫(さんぷ)(いし)(たた)(つち)(ひら)き、箕畚(きほん)もて渤海(ぼっかい)()(はこ)ぶ。

 

箕畚()(もっこ)

 

鄰人京城氏之孀妻、有遺男、始齔。跳往助之、寒暑易節、始一反焉。

河曲智叟、笑而止之曰、

“甚矣、汝之不惠。以殘年餘力、曾不能毀山之一毛。其如土石何。”

 

隣人(りんじん)京城(けいじょう)()孀妻(そうさい)に、遺男(いだん)()り、(はじ)めて(しん)す。(おど)()きて(これ)(たす)け、寒暑(かんしょ)(せつ)()え、(はじ)めて(ひと)たび(かえ)る。河曲(かきょく)智叟(ちそう)(わら)いて(これ)(とど)めて(いわ)く、

(はなはだ)しきかな、(なんじ)不恵(ふけい)なる。残年(ざんねん)余力(よりょく)(もっ)てしては、(すなわち)(やま)一毛(いちもう)(こぼ)(あた)わず。(それ)土石(どせき)如何(いかん)せん。」

 

孀妻夫と死別した女性。寡婦。

齔す歯がぬけかわる。

季節。

河曲黄河のほとり。

智叟智叟という老人。知恵じいさんという程度の意。

 

北山愚公長息曰、

“汝心之固、固不可徹、曾不若孀妻弱子。雖我之死、有子存焉。子又生孫、孫又生子。子又有子、子又有孫。子子孫孫、無窮匱也。而山不加增。何苦而不平。”

河曲智叟、亡以應。

 

北山(ほくざん)愚公(ぐこう)長息(ちょうそく)して(いわ)く、

(なんじ)(こころ)()なること、(まこと)(てっ)すべからず、(すなわち)孀妻(そうさい)弱子(じゃくし)()かず。(われ)()すと(いえど)も、()()りて(そん)す。()(また)(まご)()み、(まご)(また)()()む。()(また)()()り、()(また)(まご)()り。子子(しし)孫孫(そんそん)窮匱(きゅうき)()し。(しかる)(やま)加増(かぞう)せず。何若(いかん)(たいら)かならざらん」と。

河曲(かきょく)智叟(ちそう)(もっ)(こた)うる()し。

 

窮匱尽き果てる。

 

操蛇之神聞之、懼其不已也、告之於帝。帝感其誠、命夸蛾氏二子負二山、一厝朔東、一厝雍南。自此、冀之南、漢之陰、無隴斷焉。

 

操蛇(そうだ)(かみ)(これ)()き、(その)()まざるを(おそ)れ、(これ)(てい)()ぐ。(てい)(その)(まこと)(かん)じ、夸蛾(かが)()二子(にし)(めい)じて二山(にざん)()わしめ、(いつ)朔東(さくとう)()き、(いつ)雍南(ようなん)()く。(これ)より、()(みなみ)(かん)(みなみ)隴断(ろうだん)()し。

 

操蛇の神山の神。

懼れ心配する。

夸蛾氏夸氏・蛾氏。

朔東朔北の東部。今の興安嶺あたり。

雍南雍州の南。

隴断土地が高くもり上がった所。

2020年10月25日日曜日

「知ってことさらに犯す」趙州禅師

 

話:秋月龍珉



崔郎中という高官がいた。


一日趙州禅師に尋ねて言った、

「あなたさまのような善知識でも、地獄へ堕ちるようなことがありましょうか」。


「それはある。自分はまっさきに入る」

と、趙州は答えた。


「どうして、そういうことがあるのですか」。


趙州は言下に言う、

「わしが堕ちなんだら、こうしてあんたにお目にかかるわけにもいかぬではないか」



また他のとき、他の僧が尋ねた、

「犬にも仏性がありますか」。


すると、趙州禅師は言下に、

「有る!」と言われた。


僧は突っ込んだ、

「すでに仏性があるという以上、どうしてこんな汚い獣の皮袋(肉体)の中に入って来たんですか」。


その時である、趙州禅師の眼がきびしく光った。

「それは、彼が知っていて、わざとそうしているのだ」。



「知而犯(ちにほん)」


「他(かれ)が知って故(ことさ)らに犯すが為なり」

という趙州の答えの凄まじさは、千年を隔てて文字に対してさえ身震いを感じる。




2020年10月24日土曜日

【総ルビ原文訓読】碧巌録 第15則

 

第一五則

「雲門倒一說」

雲門(うんもん)禅師(ぜんじ)(とう)一説(いっせつ)

 

【垂示】

垂示云、殺人刀、活人劍、

乃上古之風規、是今時之樞要。

且道、如今那箇是、殺人刀活人劍。

試舉看。

 

垂示(すいじ)(いわ)く、殺人(さつじん)(とう)活人(かつにん)(けん)

(すなわ)上古(じょうこ)風規(ふうき)にして、()今時(こんじ)枢要(すうよう)なり。

(しばら)()え、如今(いま)那箇(いずれ)()殺人(さつじん)(とう)活人(かつにん)(けん)

(こころ)みに()()ん。

 

【本則】

舉僧問雲門、不是目前機、

亦非目前事時如何。

門云、倒一說。

 

()す。(そう)雲門(うんもん)()う、

()目前(もくぜん)()にあらず、

()目前(もくぜん)()にも(あら)ざる(とき)如何(いかん)」。

(もん)(いわ)く、「(とう)一説(いっせつ)」。

 

【頌】

倒一說、分一節。

同死同生為君訣。

八萬四千非鳳毛。

三十三人入虎穴。

別別、擾擾怱怱水裏月。

 

(とう)一説(いっせつ)(ぶん)一節(いっせつ)

同死(どうし)同生(どうしょう)(きみ)(ため)(けっ)す。

八万(はちまん)四千(しせん)鳳毛(ほうもう)(あら)ず。

三十三人(さんじゅうさんにん)虎穴(こけつ)()る。

(かくべつ)なり、(かくべつ)なり、

擾擾(じょうじょう)怱怱(そうそう)たり水裏(すいり)(つき)


【総ルビ原文訓読】碧巌録 第14則

 

第一四則

「雲門對一說」

雲門(うんもん)禅師(ぜんじ)対一説(たいいっせつ)

 

【本則】

舉僧問雲門、如何是一代時教。

雲門云、對一說。

 

()す。(そう)雲門(うんもん)()う、「如何(いか)なるか()一代(いちだい)時教(じきょう)」。

雲門(うんもん)(いわ)く、「対一説(たいいっせつ)」。

 

【頌】

對一說、太孤絕。

無孔鐵鎚重下楔。

閻浮樹下笑呵呵、昨夜驪龍拗角折。

別別、韻陽老人得一橛

 

対一説(たいいっせつ)(はなは)孤絶(こぜつ)無孔(むく)鉄槌(てっつい)(かさ)ねて(くさび)(くだ)す。閻浮樹(えんぶじゅ)()(わら)うこと呵呵(かか)昨夜(さくや)驪龍(りりょう)(つの)()()らる。(かくべつ)なり、(かくべつ)なり、韻陽(じょうよう)老人(ろうじん)(いっけつ)()たり。