愚公 山を移す
出典:『列子』湯問
太行王屋二山、方七百里、高萬仞。
本在冀州之南、河陽之北。
太行・王屋の二山は、方七百里、高さ万仞。
本冀州の南、河陽の北に在り。
太行
… 山名。山西省にある太行山脈の主峰。
王屋
… 山名。山西省にある。
方 …
四方。
万仞
… 一万仞。
冀州
… 古代の九州のひとつ。河北省・山西省一帯。
北山愚公者、年且九十。
面山而居、懲山北之塞出入之迂也。
聚室而謀曰、
“吾與汝畢力平險、指通豫南、達于漢陰。可乎。”
雜然相許。
北山の愚公という者あり、年且に九十ならんとす。山に面して居り、山北の塞の出入の迂なるに懲しむ。室を聚めて謀りて曰く、
「吾、汝らと力を畢して険を平かにし、予南を指通して、漢陰に達せん。可ならんか」と。
雑然りとして相許す。
愚公
… 愚公という老人。馬鹿じいさんという程度の意。
迂 …
回り道。
室 …
家の人。
予南
… 予州の南。
指通
… 道を通じさせる。
漢陰
… 漢水の南。
其妻獻疑曰、
“以君之力、曾不能損魁父之丘。如太行王屋何。且焉置土石。”
雜曰、
“投諸渤海之尾、隱土之北。”
其妻疑いを献じて曰く、
「君の力を以てしては、曽魁父の丘を損ずる能わず。太行・王屋を如何せん。且に焉にか土石を置んとする」と。
雑曰く、
「諸を渤海の尾、隠土の北に投ぜん」と。
魁父
… 小丘の名。
渤海
… 北東部にある海域。勃海湾。
隠土
… 東北にある州名。
遂率子孫、荷擔者三夫、叩石墾壤、箕畚運於渤海之尾。
遂に子孫を率い、荷担する者三夫、石を叩き壌を墾き、箕畚もて渤海の尾に運ぶ。
箕畚
… 箕と畚。
鄰人京城氏之孀妻、有遺男、始齔。跳往助之、寒暑易節、始一反焉。
河曲智叟、笑而止之曰、
“甚矣、汝之不惠。以殘年餘力、曾不能毀山之一毛。其如土石何。”
隣人京城氏の孀妻に、遺男有り、始めて齔す。跳り往きて之を助け、寒暑節を易え、始めて一たび反る。河曲の智叟、笑いて之を止めて曰く、
「甚しきかな、汝の不恵なる。残年の余力を以てしては、曽山の一毛を毀つ能わず。其土石を如何せん。」
孀妻
… 夫と死別した女性。寡婦。
齔す
… 歯がぬけかわる。
節 …
季節。
河曲
… 黄河のほとり。
智叟
… 智叟という老人。知恵じいさんという程度の意。
北山愚公長息曰、
“汝心之固、固不可徹、曾不若孀妻弱子。雖我之死、有子存焉。子又生孫、孫又生子。子又有子、子又有孫。子子孫孫、無窮匱也。而山不加增。何苦而不平。”
河曲智叟、亡以應。
北山の愚公、長息して曰く、
「汝が心の固なること、固に徹すべからず、曽孀妻の弱子に若かず。我死すと雖も、子有りて存す。子は又孫を生み、孫は又子を生む。子に又子有り、子に又孫有り。子子孫孫、窮匱無し。而に山は加増せず。何若ぞ平かならざらん」と。
河曲の智叟、以て応うる亡し。
窮匱
… 尽き果てる。
操蛇之神聞之、懼其不已也、告之於帝。帝感其誠、命夸蛾氏二子負二山、一厝朔東、一厝雍南。自此、冀之南、漢之陰、無隴斷焉。
操蛇の神之を聞き、其已まざるを懼れ、之を帝に告ぐ。帝其誠に感じ、夸蛾氏の二子に命じて二山を負わしめ、一は朔東に厝き、一は雍南に厝く。此より、冀の南、漢の陰、隴断無し。
操蛇の神 … 山の神。
懼れ
… 心配する。
夸蛾氏
… 夸氏・蛾氏。
朔東
… 朔北の東部。今の興安嶺あたり。
雍南
… 雍州の南。
隴断
… 土地が高くもり上がった所。