話:大西良慶
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鹿児島には、お母さんが独り居た。お姑さんやね。
この人が、一昔前の士(さむらい)の奥さんやったから、気位が高かったのかね、鬼婆ァといわれるぐらいこわい人やった。事毎に嫁の敦子さんをいじめるの。敦子さんは、泣くような目にあいながら、毎日、お母さんに背かんように、機嫌を損ぜぬようにつかえていた。
ある日、お母さんは敦子さんに、あなたは歌人やというから、これを歌にしてほしいといって、下の句を出さはった。なんとそれは、
「鬼婆ァと人はいうらん」
とある。その短冊を見て、敦子さんは、ははァと思うた。またいじめはる、と思うた。そう思うたが、そんなこと言えたものではない。早速、上の句をつけはった。
「仏にも似たる心と知らずして」
と詠んだ。ひっくりかえってしまったのやね。「鬼婆ァ」が実は仏にも似たる心やったと、そう理解していると、せい一ぱいの意思表示やった。
さすがのお母さんも、これには泣いた。泣いて、「済まなんだ、済まなんだ、堪忍してくれ」と詫びた。鬼の角が一遍に折れたのやね。
それで、本当のお母さんみたいになって、それからは、敦子さん、敦子さん。敦子さんでなければ夜も日もあけんようになった。
お母さんは死に際に、敦子さんの膝の上に首をのせて、息をひきとったという。