2019年10月10日木曜日

【総ルビ原文】不動智神妙録 02 諸仏不動智


不動智神妙録(ふどうちしんみようろく)
沢庵宗彭(たくあんそうほう)

諸佛不動智(しよぶつふどうち)

 諸仏(しよぶつ)不動(ふどう)()(もう)(こと)不動(ふどう)とは、うごかずといふ文字(もじ)にて(そろ)()智慧(ちえ)()にて(そろ)不動(ふどう)(もう)(そうろう)ても、(いし)()かのやうに、無性(むしよう)なる義理(ぎり)にてはなく(そろ)(むこ)ふへも、(ひだり)へも、(みぎ)へも、十方(じつぽう)八方(はつぽう)へ、(こころ)(うご)()きやうに(うご)きながら、卒度(そつと)(とどま)らぬ(こころ)を、不動(ふどう)()(もう)(そろ)
 不動明王(ふどうみようおう)(もう)して、(みぎ)()(つるぎ)(にぎ)り、(ひだり)()(なわ)()りて、()喰出(くいだ)し、()(いか)らし、仏法(ぶつぽう)(さまた)げん悪魔(あくま)を、降伏(ごうぶく)せんとて突立(つつたつ)()られ(そうろう)姿(すがた)も、あの(よう)なるが、何国(いずく)世界(せかい)にもかくれて()られ(そうろう)にてはなし。(かたち)をば、仏法(ぶつぽう)守護(しゆご)(かたち)につくり、(たい)をば、この不動(ふどう)()(たい)として、衆生(しゆじよう)()せたるにて(そうろう)
 一向(いつこう)凡夫(ぼんぷ)は、(おそ)れをなして仏法(ぶつぽう)(あだ)をなさじと(おも)ひ、(さとり)(ちか)(ひと)は、不動(ふどう)()(あらわ)したる(ところ)(さとり)りて、一切(いつさい)(まよい)()らし、(すなわ)不動(ふどう)()(あきら)めて、(この)()(すなわ)不動明王(ふどうみようおう)(ほど)に、(この)心法(しんぼう)をよく執行(しぎよう)したる(ひと)は、悪魔(あくま)もいやまさぬぞと()らせん(ため)不動明王(ふどうみようおう)にて(そろ)
 (しか)れば不動明王(ふどうみようおう)(もう)すも、(ひと)一心(いつしん)(うご)かぬ(ところ)(もう)(そろ)(また)()動転(どうてん)せぬことにて(そろ)動転(どうてん)せぬとは(もの)(ごと)(とどま)らぬ(こと)にて(そろ)
 (もの)一目(ひとめ)()て、()(こころ)(とど)めぬを不動(ふどう)(もう)(そろ)。なぜなれば、(もの)(こころ)(とどま)(そうら)へば、いろいろの分別(ふんべつ)(むね)(そうろう)(あいだ)(むね)のうちにいろいろに(うご)(そろ)(とどま)れば(とどま)(こころ)(うご)きても(うご)かぬにて(そろ)
 (たと)へば(じゆう)(にん)して(ひと)太刀(たち)づゝ(われ)太刀(たち)()るゝも、一太刀(ひとたち)受流(うけなが)して(あと)(こころ)(とど)めず、(あと)()(あと)(ひろ)(そうら)はゞ、(じゆう)(にん)ながらへ(はたらき)()かぬにて(そろ)
 (じゆう)(にん)(じゆう)()(こころ)(はたら)けども、一人(ひとり)にも(こころ)(とど)めずば、次第(しだい)取合(とりあ)ひて(はたらき)()(もうす)間敷候(まじくそろ)
 ()(また)一人(ひとり)(まえ)(こころ)(とどま)(そろ)はゞ、一人(ひとり)打太刀(うちだち)をば受流(うけなが)すべけれども、二人(ふたり)めの(とき)は、手前(てまえ)(はたらき)()可申(もうすべく)(そろ)
 (せんじゆ)観音(かんのん)とて()(せん)御入(おんい)(そうら)はゞ、(ゆみ)()()(こころ)(とどま)らば、九百九十九(きゆうひやくきゆうじゆうく)()(みな)(よう)()(もう)間敷(まじく)一所(いつしよ)(こころ)(とど)めぬにより、()(みな)(よう)()つなり。
 観音(かんのん)とて()(ひと)つに(せん)()(なに)しに可有(あるべく)(そろ)不動(ふどう)()(ひら)(そうら)へば、()()(せん)()りても(みな)(よう)()つと()(こと)(ひと)(しめ)さんが(ため)に、(つく)りたる(かたち)にて(そろ)
 仮令(たとえ)一本(いつぽん)()(むか)ふて、其内(そのうち)(あか)()(ひと)つを()()れば、(のこ)りの()()えぬなり。()ひとつに()をかけずして、一本(いつぽん)()何心(なにごころ)もなく()(むか)(そうら)へば、数多(あまた)()(のこ)らず()見え(みえ)(そろ)()一つ(ひとつ)(こころ)をとられ(そうら)はゞ、(のこ)りの()()えず。(ひと)つに(こころ)(とど)めねば、百千(ひやくせん)()みな()(もう)(そろ)
 ()れを得心(とくしん)したる(ひと)は、(すなわ)千手(せんじゆ)千眼(せんがん)観音(かんのん)にて(そろ)
 (しか)るを一向(いつこう)凡夫(ぼんぷ)は、(ただ)一筋(ひとすじ)()(ひと)つに(せん)()(せん)(まなこ)御座(ござ)して難有(ありがたし)(しん)(そろ)(また)、なまものじりなる(ひと)は、()(ひと)つに(せん)(まなこ)(なに)しにあるらん、虚言(そらごと)よ、と(やぶ)(そし)るなり、(いま)(すこ)()()れば凡夫(ぼんぷ)(しん)ずるにても(やぶ)るにてもなく、道理(どうり)(うえ)にて尊信(そんしん)し、仏法(ぶつぽう)はよく一物(いちぶつ)にして其理(そのことわり)(あらわ)(こと)にて(そろ)
 諸道(しよどう)ともに斯様(かよう)(もの)にて(そろ)神道(しんとう)(べつ)して其道(そのみち)()(およ)(そろ)
 (あり)(まま)(おも)ふも凡夫(ぼんぷ)(また)打破(うちやぶ)れば(なお)(わる)し。其内(そのうち)道理(どうり)()(こと)にて(そろ)(この)(みち)(かの)(みち)さまざまに(そろ)へども、極所(きよくしよ)落着(らくちやく)(そろ)
 (さて)初心(しよしん)()より修行(しゆぎよう)して不動(ふどう)()(くらい)(いた)れば、立帰(たちかえり)(じゆう)()初心(しよしん)(くらい)()つべき子細(しさい)御入(おんい)(そろ)
 貴殿(きでん)兵法(へいほう)にて可申(もうすべく)(そろ)
 初心(しよしん)()()太刀(たち)(かまえ)(なに)()らぬものなれば、()(こころ)(とど)まる(こと)もなし。(ひと)()(そうら)へは、つひ取合(ちりあ)ふばかりにて、(なん)(こころ)もなし。
 (しか)(ところ)にさまざまの(こと)(なら)ひ、()持つ(もつ)太刀(たち)取様(とりよう)(こころ)置所(おきどころ)、いろいろの(こと)(おし)へぬれは、色々(いろいろ)(ところ)(こころ)(とどま)り、(ひと)()たんとすれば、()(かく)して(こと)(ほか)不自由(ふじゆう)なる(こと)()(かさ)年月(としつき)をかさね、稽古(けいこ)をするに(したが)ひ、(のち)()(かまえ)太刀(たち)取様(とりよう)(みな)(こころ)になくなりて、(ただ)最初(さいしよ)(なに)もしらず(なら)はぬ(とき)(こころ)(よう)なる(なり)
 ()(はじめ)(おわり)(おな)じやうになる心持(こころもち)にて、(いち)から(じゆう)までかぞへまはせば、(いち)(じゆう)(となり)になり(もう)(そろ)調子(ちようし)なども(いち)(はじめ)(ひく)(いち)をかぞへて上無(かみむ)(もう)(たか)調子(ちようし)()(そうら)へば、(いち)(した)(いち)(うえ)とは(となり)(そろ)
一、壱越(いちこつ)、二、断金(たんぎん)、三、平調(ひようじよう)
四、勝絶(しようぜつ)、五、下無(しもむ)、六、調(そうじよう)
七、鳧鐘(ふしよう)、八、つくせき、九、(らん)
十、盤渉(ばんしき)、十一、神仙(しんせん)、十二、上無(かみむ)
 づっと(たか)きと、づっと(ひく)きは()たるものになり(もう)(そろ)仏法(ぶつぽう)も、づっとたけ(そろ)へば、(ほとけ)とも(ほう)とも()らぬ(ひと)のやうに、(ひと)()なす(ほど)の、(かざ)りも(なに)もなくなるものにて(そろ)
 (ゆえ)(はじめ)住地(じゆうち)の、無明(むみよう)煩悩(ぼんのう)と、(のち)不動智(ふどうち)とが(ひと)つに()りて、智慧(ちえ)(はたらき)(ぶん)()せて、無心(むしん)無念(むねん)(くらい)落着(らくちやく)(もう)(そろ)至極(しごく)(くらい)(いた)(そうら)へば、手足(てあし)()(おぼ)(そうらい)て、(こころ)一切(いつさい)(はい)らぬ(くらい)になる(もの)にて(そろ)
 鎌倉(かまくら)仏国(ぶつこく)国師(こくし)(うた)にも、「(こころ)ありてもるとなけれど小山田(おやまだ)に、いたづらならぬかかしなりけり」。
 (みな)(この)(うた)の如くにて(そろ)山田(やまだ)のかゝしとて、人形(にんぎよう)(つく)りて弓矢(ゆみや)()たせておく(なり)鳥獣(とりけもの)(これ)()(にぐ)(なり)(この)人形(にんぎよう)一切(いつさい)(こころ)なけれども、鹿(しか)がおじてにぐれば(よう)がかなふ(ほど)に、いたづらならぬ(なり)
 (よろず)(みち)(いた)(いた)(ひと)所作(しよさ)のたとへ(なり)手足(てあし)()(はたらき)(ばかり)にて、(こころ)がそっともとゞまらずして、(こころ)がいづくに()るともしれずして、無念(むねん)無心(むしん)にて山田(やまだ)のかかしの(くらい)にゆくものなり。
 一向(いつこう)愚痴(ぐち)凡夫(ぼんぷ)は、(はじめ)から智慧(ちえ)なき(ほど)(よろず)(いで)ぬなり。(また)づっとたけ(いた)りたる智慧(ちえ)は、(はや)ちかへ(ところ)(いる)によりて一切(いつさい)(いで)ぬなり。また(もの)()りなるによって、智慧(ちえ)(あたま)()(もう)(そうろう)て、をかしく(そろ)今時分(いまじぶん)出家(しゆつけ)作法(さほう)ども、(さぞ)をかしく可思召候(おぼしめすべくそろ)()(はず)かしく(そろ)
 ()修行(しゆぎよう)(わざ)修行(しゆぎよう)(もう)(こと)(そろ)
 ()とは(みぎ)申上(もうしあげ)(そうろう)(ごと)く、(いた)りては(なに)(とり)あはず、(ただ)一心(いつしん)()てようにて(そうろう)段々(だんだん)(みぎ)書付(かきつ)(そうろう)(ごと)くにて(そろ)
 (しか)れども、(わざ)修行(しゆぎよう)不仕(つかまつらず)(そうら)えば、道理(どうり)ばかり(むね)()りて、()()不働(はたらかず)(そろ)(わざ)()修行(しゆぎよう)(もう)(そうろう)は、貴殿(きでん)兵法(へいほう)にてなれば、身構(みがまえ)()()(いち)()の、さまざまの習事(ならいこと)にて(そろ)
 ()()りても、(わざ)自由(じゆう)(はたら)かねばならず(そろ)()()太刀(たち)(とり)まはし()(そうろう)ても、()(きわま)(そうろう)(ところ)(くら)(そうろう)ては、相成(あいなる)間敷(まじく)(そろ)事理(じり)(ふた)つは、(くるま)()(ごと)くなるべく(そろ)