2021年8月7日土曜日

悪事を己に向え【最澄】

 

悪事を己に向え、

好事を他に与え、

己を忘れて他を利するは

慈悲の極なり。


悪いことは自分でひきうけ、

良いことは他人の利益として与え、

自分を忘れて他人のために行うことは

慈悲の極みである。


最澄『山家学生式』





一隅を照らす【最澄】

 

径寸十枚、是れ国宝に非ず

一隅を照らす、此れ則ち国宝なり


一寸の玉十枚は国の宝ではない。

一隅を照らすものが国の宝である。


最澄『山家学生式』





2021年4月9日金曜日

五蘊と剣道

 

from:

小川忠太郎『百回稽古』



想蘊・行蘊・一息載断の息


般若心経の眼目に「五蘊皆空」がある。五種の五とは色・受・想・行・識の五つの心身のはたらき。


「色」というのは形あるもののことで、人間で言えば身体にあたる。

「受」というのは外界のものを五官を通じて受け入れること。眼で見、耳で聞き、鼻で嘆ぎ、舌で味わい、身体では触れている。

「想」というのは内なる思い。想像紛飛の念、意馬心猿、五蘊の中で一番激しい念慮である。

「行」とは細かい念慮、連想。

「識」は、朝起きてきれいに心が澄んでいるような時にポツンと湧く一念を言う。


人間はこういう五つの内容で構成されているという考え方である。




蘊とは集積の意で、心の垢、雲のこと。生まれたままならば五つが備わっているだけだからそれでいいが、これに心の垢、雲がかかる。人間本来の心は明鏡のようなものであるが、それに雲がかかると無明となり迷いとなる。


この雲は大雑把に言えば「我」という雲。この無縄自縛の我という雲を体と心にかけて苦しんでいるのが人間である。この雲を無くす、空ずる(五蘊皆空)。これが般若心経の眼目であり、剣道修行の基本である。




○第一の「色蓋」を剣道に当てはめると、色とは構え、正しい構え。この構えに雲がかかる。自分に構えがあるから相手にも構えがあると見て、そこで相手とは対立となり争いとなる。これを構えに雲がかかったと言う。その雲を取って本当の構えにしなくてはいけない。それが剣道の最初の修行である。


打込み三年の懸り稽古。我を許さないで、懸かって懸かって懸かり抜く。そのうちに懸り稽古三昧に入る。これを儒教では “己に克つ“と言う。打込み三年で克己の修行をやる。当てっこの修行ではない。全身全力でやる。これを禅では“己を殺す”と言う。これが三昧。殺すから大きな自己が生まれてくる。それを「大死一番絶後に再蘇する」と言う。


剣道を打込み三年、本気でやり三味力を養えば、そこから自然に本当の構えが生まれる。山岡鉄舟はこれを三角矩の構えと言い、苦修三年にして本体(構え)が得られると入門規則で言い切っている。そこには雑念が入っていない。「俺が」というものが入っていない。自分が無いから相手が無い。自分と相手が一つである。自他不二。これが構えである。自分の構えの中に相手が入る。相手の構えの中に自分がある。自分と相手は一つ、一如である。


ここが剣道の第一基本であり、これが人間形成の土台になる。




〇第二は「受蘊」。これは相手からの働きかけに対する心構えであるが、互いに一足一刀に剣を交えた場合、未熟の者はここに雲がかかって迷う。相手から色をしかけられると色に迷わされる。 少し上達した者は色には着かないが無念無想の穴倉に入り働きがない。恐ろしい境涯である。


この雲を取るにはどうしたらよいか。それは第一の構え、即ち自他不二の本体に立てば、ありのままが写る。写ったままで二念を継がなければよい。その働きは、相手と対した時に、面と思ったら思った時に面を打つ。小手と思う。思った時に小手を打てばよい。思った時に体はそこに出てしまっているのが自然の技というものである。


それを思ってから打つのでは人為的であり、後れてしまう。思ってから打つのでは遅い。だが思ってもだめなのであるから、思わずにやってはなおさらだめである。それはでたらめ。思ったら打つ。これを一念不生という。二念以下をぶち切ってしまう。


処世法もこれでいけばよい。自分でこれが赤だと思ったら誰が何と言っても赤は赤。白と思ったら誰が何と言っても白。これで行けばよい。これが剣道。それを赤だから赤だと言いたいけれど周囲を見て、白と言った方がよいのではなどと考えて、二念を継ぐからいけない。ぐずぐずしてはだめ。善いことは善い、悪いことは悪い、それで解決して行けばよい。これが道の上に立ったはたらきである。


以上、第一と第二は外部からの働きかけに対する心構えであるが、次の第三、第四、第五の三つは内部、即ち自身の心の中に生ずる雲に対する心構えである。




○第三「想蘊」。想像紛飛の念、意馬心猿、これが五つの雲の中で一番激しい荒い念慮である。時には蜂の巣をつっいたように、妄念が紛起して収拾がつかないことがある。これをどう始末するか。神に祈ったり、水を浴びたり、そういう難行苦行では、荒れる意馬心猿には歯が立たない。


しかしここに古徳の教えが残されている。それは数息観である。ズーッと息を吸う。吸う息の中に雑念を交えない。息をグーッと吐いて行く。吐く息の中に雑念を交えない。一念一念を正念化する。数息観こそが念々正念に入る秘訣なのである。元円覚寺管長釈宗演老師は「数息観は禅の初歩であるが、また終極である」と言われている。


第一の三角矩本体は苦修三年頓悟でもいけるが、第三の念々正念が本当に自分のものになるには、二十年、三十年、否、一生かかっても難しい。それは、剣道では技や理念が邪魔するからである。


持田先生が七十歳を過ぎてから「もう剣道はいやになった。難しい。構えていると内からヒョッと考えが浮かんでくる。どうしようもない。この世の中に剣道ほど難しいものはないであろう。いやになった」と言われたことがある。持田先生は七十歳を過ぎてもこの念々正念には徹していないと反省されながらこの修行に全力をかけておられたのである。


世間で問題にしている段位などは先生の念頭にはない。先生の十段授与式の時、式場は妙義道場で、全剣連の渡辺敏雄(当時)事務局長が先生の前へ証書を持って行き、先生が受けられた時に合図をしてお祝の拍手をしようと望月正房先生が段取りをしていた。ところが渡辺事務局長が証書を持って行くと先生は、その証書をポーンと放り投げてしまった。そして、「わしはこんなものはいらない。実力がなくてこういうものがどうして受けられるか。わしにはこういうものを戴く資格がない」と言われた。そして列席の人々に「皆さんは若い。私は日暮れて道遠しだ。剣道は深いからしっかりやって下さい」と言われた。これが十段を受けられなかった時の先生の挨拶であった。先生は十段を辞退されて、後輩に、剣道修行の目的は段位ではない、人間形成である。人間形成の真髄は念々正念相続にありという秘訣を教えられたのである。


五十歳以後の宮本武蔵は日常この工夫をしていた。「五輪書」地之巻に、我が兵法を学ばんと思う人は道を行なう法ありとして、九ヶ条を挙げ、その第一条は「邪になき事をおもふ所」とある。うそをついてはいけない―― これが武蔵という人の全体である。汚い着物で、風呂にも入らない。そこで弟子たちが、先生はどうして風呂に入らないのかと尋ねると、「身体の垢は桶一杯の水で取ることができるが、心の垢は取る暇がない」と答えた。


雑念を正念化する。一念、一念を正念化する。ここまで行ったら本物である。我は古今の名人に候と自認し、常に念々正念の工夫を絶やさず、二天道楽と号して道一を楽しみ、本当の人生を味わい得た道人である。


雲弘流に「一息円想無我」という教えがある。一息とは「坐禅用心記」に「心散乱する時、一息断両眼永く閉づるの端的に向て打坐工夫せば散心必ず歇む」とある。心散乱する時、即ち想蘊の起こった時、人間最後の一息、吐く息有って吸う息知らず、呼吸を「ウムーム」と踵に踏み込む、即ち運 足三昧になりきれば散心必ず歇むと。これを真人という。


荘子いわく「真人の息は之を息するに踵を以てす」と。これは雑念を呼吸に合わせて正念化するのである。この正念相続の修行こそ人間形成の嶮関であり真髄である。念々正念の修行は道場内だけではない。日常生活の上で正念の工夫を絶やさない。これが本当の剣道である。




○第四は「行蓮」。これは細かい念慮、連想である。人間はこの細かい念慮に悩まされる。過去の事にぐずついたり、現在にこだわったり、また一寸先は闇の将来を気にしたりして、自分で自分を苦しめている。こういうやっかいな雲をどう捌いたらよいか。それには、この細かい念慮は、畢寛夢・幻空華のようなものであるということを見破っておくことである。空中の華とは、眼を患った時に、あたかも空中に在るが如くに見えるモヤモヤした華のようなもののことを言う。これといって拠り所のない、取るに足らないものである。


雲弘流では、ここを「あと先のいらぬ処を思ふなよ、只中程の自由自在を」と、過去も未来もいらぬ、ただ現在になりきれと示しており、一刀流では夢想剣として秘している。ここは理屈では通れない悟りである。




○第五は「識瀧」。これは一念である。第三は荒い念、第四は細かい念、第五は一念と、こう心がいくつもあるのではない。第五の一念が本となっているのである。秋水のように心が澄んだ所から、ポツンと一念が生ずる。この一念に迷と悟の分かれる原点がある。


剣道なら相手に一念が生じた時、どう空ずるか。押える。ヒョッヒョッと頭を押える。機先を制するのである。起こりを押えよう、機先を制しようと思うと後れる。相手に一念がポツンと生じた時、頭を押える。機先を制するのである。これで識蘊は空じられる。これが剣道の極意である。


以上が般若心経の五蓋皆空を剣道に当てはめたものであるが、五薩皆空と照見すれば一切の苦厄は度せられるのである。これを剣道や坐禅の時ばかりでなく、一切時、一切処で修錬していく。


これが人間形成の基本面の修錬である。



小川忠太郎「我という雲」

 

from:

小川忠太郎『剣と禅』




剣を通して道を修行するということは、試合に勝つことでも段を貰うことでもない。剣を通して人間形成をする。これが剣道の目的であります。


では、何故当り前のことが当たり前にできないかというと、人間本来の心は、明鏡のようなものであるが、それに雲がかかってしまう。雲がかかると、無明となり迷いとなる。どういう雲かというと、大雑把にいうと、「我」という雲がかかる。この無縄自縛の我という雲を無くせばよい。


面白い譬話がある。


神様の前で、鏡の前で頭を下げる。「我」というものを取ってしまう。「カガミ」の前で「ガ」を取れば、残るものは「カミ」である。それが神なのです。「我」さえ取ればよい。「我」をくっ着けているから駄目なのです。この無縄自縛の我という雲を、体と心にかけて、苦しんでいるのが人間です。この雲を無くす。空ずるのが剣道修行の基本であり、眼目です。


これから、この雲を細かく5つに分けて、お話致します。


第一は、構えに雲がかかる。心が生ずるから、妄りに構えが有ると執着し、自分に構えがあるから相手にも構えが有ると見て、そこで対立となり、争いとなる。之を構えに雲がかかったという。一刀流では、「あづち矢を招く」という。そこで、その自分の構えというものを、雲を取って本当の構えにしなくてはいけない。それが最初の修行である打込3年というものです。


然し、現代では、これをやっていない。昔はここをやったのです。打込3年、ここで懸り稽古をやる。我を許さない。タッタタッタと懸って懸って懸り抜く。その内に、懸り稽古三味に入る。これを儒教では、己に克つという。剣道の打込3年では、己に克つ修行をやる。当てっこの修行ではない。全身全霊でやる。是を獅子の気合という。


それは禅では、もっと積極的です。己を殺すと言う。之が三味。殺すから大きな自己が生まれて来る。それが大死一番、絶後に再蘇すると言う。これを最初の打込3年でやらなければいけない。


剣道を打ち込み3年、本気でやり三味力を養えば、そこから自然に本当の構えが生まれる。山岡鉄舟先生は、これを三角矩の構えと言い、苦修3年にして本体(構え)が得られると、入門規則で言い切っている。そこには雑念が入っていない。俺がというものが入っていない。自分が無いから相手がない。自分と相手が一つである。自他不二。これが構えです。自分の構えの中に、相手が入っていなくてはいけない。相手の構えの中に自分がある。一つなのです。一如である。ここが剣道の第一基本です。ここを悟らなければ駄目です。これが私の話しているところの人間形成の土台になります。


木村篤太郎先生が90才を過ぎて、“私は人間形成を若い時から心がけて来たけれども、まだまだ十分ではない。90を過ぎても。どうか、これからの若い剣道をやる人達に、若い時から人間形成の為の剣道を教えてやってほしいと思う。処が実際には、小学生から試合をやっている。自分があって相手があって当っこです。是は日本本来の剣道ではないと思う。困ったことだ”と既戴されている。その通りであります。どうか、木村先生のご配慮を無にしないで、全国の青少年及び指導に当たられる先生方が、一丸となって、人間形成の為の剣道修行に適進して頂きたいと念願する次第です。


第二は、相手からの働きかけに対する心構えですが、剣道では、互いに一足一刀に剣を交えた場合、未熟の者は此所に雲がかかって迷う。相手から色を仕懸けられると色に迷わされる。少し上達した者は、色には着かないが、無念無想の穴倉に入り、働きがない。恐ろしい境涯である。


この雲を取るには、どうしたらよいか。それは第一の構え即ち自他不二の本体に立てば、在りの儘が写る。写った儘で二念を継がなければよい。その働きは、相手と対した時に面と思う。思った時に面を打てばよい。小手と思う。思った時に小手を打てばよい。思った時に体は、そこに出てしまっている。自然の技というものです。それを思ってから打つのでは、人為的であり、後れてしまう。面と思ってから打つのでは遅い。小手と思ってから打つのでも然り、そこで出て来たら応じようと思うと後れてしまう。それでは駄目なのです。思っても駄目なのですから、思わずにやっては尚更駄目です。それは出鱈目です。


思ったら打つ。之を一念不生という。二念以下をぶち切ってしまう。処世法もこれで行けばよい。自分でこれは赤だと思ったら誰が何と言っても赤は赤。白と思ったら誰が何と言っても白。これで行けばよい。それが剣道ですよ。それを赤だから赤と言いたいけれど周囲を見て、白と言った方がよいのではなどと考えて、二念を継ぐから駄目です。愚図愚図してはだめ。善いことは善い、悪いことは悪い。それで解決して行けばよい。之が道の上に立ったはたらきです。


まあ、古い例で恐縮ですが、北条時宗は、二念を継がない。元から使者が3人来た。戦争すれば負けることは判っている。然し向うの言うことは道でないので斬ってしまった。これを斬った後には、大変だろうなどと考えてはいない。これを一刀両断という。時宗には時宗という自己がない。雲をかけていない。只至道あるのみ。


剣道で大事な処は、この一刀両断です。さむらい(武士)のこの二念を継がない精神は、剣道と儒教と禅で修行したのであります。


以上第一と第二は、外部からの働きかけに対する心構えですが、次の第三、第四、第五の三つは、内部即ち自身の心の中に生ずる雲に対する心構えです。


第三は想像紛飛の念、意馬心猿、之が五つの雲の中で一番激しい荒い念慮である。時には蜂の巣をつっ突いたように、妄念が紛起して収拾がつかないことがある。これをどう始末するか。ここで昔の人は、実に骨を折ったものです。神に祈ったり、水を浴びたり、難行苦行したりしたが、それでは荒れる意馬心猿には歯が立たない。


然し、ここに古徳の教えが残されている。それは数息観であります。ズーッと息を吸う。吸う息の中に雑念を交えない。息をグーッと吐いて行く。吐く息の中に雑念を交えない。一念一念を正念化する。数息観こそが念々正念に入る秘訣なのです。元円覚寺管長宗演老師は、数息観は禅の初歩であるが、又終極であるといわれております。


処が、そういう修行が有るということに気の付かない人が多いのではないですか。第一の三角矩本体は、苦修3年頓悟でもいけるが、第三の念々正念が本当に自分のものになるには、20年30年、否、一生かかっても難しい。それは、剣道では技や理念が邪魔するからです。


持田盛二先生が70才を過ぎてから“もう剣道は嫌になった。難しい。構えていると内からヒョッと考えが浮かんで来る。どうしようもない。この世の中に、剣道ほど難しいものはないであろう。嫌になった”と言われたことがある。先生は70才を過ぎてもこの念々正念には徹していないと反省され作らこの修行に全力をかけておられたのです。この真剣味に頭が下がる。世間で問題にしている段位などは、先生の念頭にはない。


先生は十段授与式の時、式場は妙義道場で、全剣連の渡辺敏雄さんが事務局長で、先生の前へ証書を持って行き、先生が受けられた時に、合図としてお祝いの拍手をしようと、望月正房さんが段取りをしておいた。ところが、渡辺敏雄さんが証書を持って行ったら先生は、その証書をポーンと放り投げてしまった。そして、“わしは、こんなものはいらない。実力がなくて、こういうものがどうして受けられるか。わしには、こういうものを戴く資格がない”と言われた。そして列席の人々に“皆さんは若い。私は日暮れて道遠しだ。剣道は深いんだからしっかりやって下さい”と言われた。これが十段を受けられなかった時の先生の挨拶であった。


先生は十段位を辞退されて、後輩に「剣道修行の目的は段位ではない。人間形成です。人間形成の真髄は、念々正念相続にあり」という秘訣を教えられたのです。念々正念の修行は、道場内だけではない。日常生活の上で正念の工夫を絶やさない。これが本当の剣道です。


50才以後の宮本武蔵は、日常この工夫をしていた。『五輪之書』地の巻に、我が兵法を学ばんと思う人は、道を行う法ありとして9カ条を挙げ、その第1条は、“邪なき事を思う所とある。うそをついてはいけない。之が武蔵の全体です。汚い着物でね。風呂にも入らない。そこで弟子達が、先生はどうして風呂に入らないかと尋ねると、“身体の垢は桶一杯の水でとることができるが、心の垢は取る暇がない”とね。


雑念を正念化する。一念、一念を正念化する。此所まで行ったら本物です。“我は古今の名人に候”と自認し、常に念々正念の工夫を絶やさず、二天道楽と号して、道を楽しみ、本当の人生を味わい得た道人です。


第四は、細かい念慮、之は連想です。人間は、この細かい念慮に悩まされる。どうしようもない。過去の事にぐずついたり、現在にこだわったり、又ー寸先は闇の将来を気にしたりして、自分で自分を苦しめている。


こういう厄介な雲をどう捌いたらよいか。それには、この細かい念慮は、畢寛夢・幻・空華のようなものであるということを、見破っておくことです。空中の華とは、目を煩った時に、俗も空中に在るが如くに見えるモヤモヤした華のようなもののことをいう。此れといって拠り処のない、取るに足らないものである。雲弘流では、ここを【あと先のいらぬ処を思うなよ、只中程の自由自在を】と過去も未来もいらぬ。只現在になり切れと示しており、一刀流では、夢想剣として秘している。ここは理屈では通れない悟りであります。


これを参考までに世間の事例で話すと、私の知人の奥さんが、立派な子供を20才位で交通事故で亡くした。どうしても、何年経っても諦められない。或る日、“先生、何とか諦める方法はないでしょうか”と尋ねられた。大変ですよ、親としては。


そこで私は、“奥さん【とんぼつり今日は何処までいったやら】(加賀の千代女のね)。この気持で諦められませんか"と言ってやったところが、奥さんは、よーく考えてね、まあ、それならば諦められると言いました。吾が子を亡くしたんですからね。そういうものなんですよ。力では駄目なのです。ここは、人生は夢也と悟ることです。


第五は、一念であります。第三は荒い念、第四は細かい念、第五は一念と、こう、心が幾つもあるのではない。第五の一念が本になっているのです。澄んだ所からヒョッと一念が生ずる。普通ここを自己と思っているのであるが、ここは迷雲の本です。


しかし、修行もここまで行くと容易ではない。ここは心の澄み切った所、明鏡止水・無念夢想、死人と同じく、こは危険なところ、ここを悟りと思い、修行を止める人はいくらでもいる。そこでもう一歩、薄紙1枚破る。百尺竿頭一歩進める。それで生き返る。


これは、その人の勇猛心に依るの外はない。死に切れば生きる。そこで死に切らないのと死に切ったのとでは、どこが違うか。死に切らない前には二つの眼で見る。死に切った後で生まれた見方は、一つの眼で見る。之を一隻眼が開けたといい、見性と言う。


又ー刀流では切り落しと言う。この切り落としを発明すれば、今日入門しても免許皆伝を允許される。




2021年4月3日土曜日

小川忠太郎、「煩悩」即「不動智」

 

from:

小川忠太郎『剣と禅』



剣道を道という面で説いている文献の中で、私は『不動智神妙録』『猫の妙術』の二つは優れたものであると思うが、前者は沢庵和尚の禅、即ち仏教に由来しており、後者は老荘思想から発しているが、ともに、非常に深い内容をもっているもので、剣道を道というところまで昂揚させている。



『不動智神妙録』には、人間の心が説かれているが、それには次の二つのものが述べられている。


一つは迷いであり、これを無明住地煩悩といっている。つまり、惜しい、欲しい、憎い、可愛いに執着する心の迷いであり他の一つは悟りであって、これを諸仏不動智といっている。


従って、この両者の関係を明確に把握してかからないと、これを読んでも正しく理解出来ない。人間には迷いの心もあり、また、悟りの心もある。心が二つあるのではないかという疑問も起こるわけです。


中国の朱子という大学者は、これを人心と道心に分けて、このつのものは別のものであると説いているが、これは別ではない。人心が即道心であり、無明住地煩悩が即不動智なのです。


憎い、可愛い、惜しい、欲しい、の一念に執着すれば煩悩となる。剣道で言えば、カーッと上がって来た気持ち、打ちたい、勝ちたい、負けるものかという気持ちはすべて、この煩悩です。


しかし、それをどこかへ片付けてしまうことが出来るかと言うと、そういうことは不可能であって、その煩悩も、頭から下へ降ろしさえすればよいのです。即ち、そういう気持ちを気海丹田へ、更には腫の方へズーッと下げると、煩悩はそのまま不動智になるのです。


渋柿は、吊しておいて白い粉がふいて来れば、自然に甘くなる。田の雑草は稲の害であり、これを放置しておくと稗などが稲より大きくなって、稲が負けてしまうが、これを田に踏み込んでしまうと、稲の肥料となる。これと同様に、煩悩もグーッと踏み込むと肥やしになる。煩悩即菩提であり、無明住地煩悩即諸仏不動智というわけです。


これを水と氷に例えれば、煩悩というものは、水が凍って氷になったようなものです。剣道でいえば、コチコチに固くなっていることです。ところが、その氷を融かすと水になる。このように、水と氷は本来別物でないにも拘わらず、水は融通無得であるのに、凍ってしまうと氷になって動けなくなる。これも再びサーッと融かしてしまうと、自由自在に動く。


つまりは、迷いと悟りとは二つではない。不二である、ということを悟ることが大切なのです。自分で凍らなければよい。生まれたままの天心そのものであれば、それが即ち悟りであり、不動智であります。


それ故、修行というものは、その諸仏不動智に悪い癖をつけないということであるのに、人間はともすれば、生活している中に後天的な悪い癖がつき易いものなのです。


人間にとって、名誉¥利益は大切なものですが、名利に執着して凝ってしまうと、動きがとれなくなって苦しくなってしまう。 執着しなければ名利は邪魔にならないのですから、邪魔にならない。名利は大きい方がよい。その方がより多く社会のために役立つことが出来る。


よく剣道の段などは要らないという人があるが、そうではない。又その反対に、段が欲しくてしようのない人もいる。何が何でも上がりたいという人もいるが、私はそのどちらもいけないと思う。何事にもこだわってはいけないのであって、スラーッとして執着しないという修行が必要なわけです。


『不動智神妙録』に述べられている根本原理は、このように万人が生まれながらに持っているものであるから、これに執着しない修行さえして行けばよいのです。


このように『不動智神妙録』は大変優れたものであって、鈴木大拙博士が英訳して、外国でも哲学書として有名なものです。熟読玩味して、よく分かるところを実際にやって見るのがよいと思う。



武術の精神、山中鹿之介

 

from:

小川忠太郎『剣と禅』



先般、国体が開催せられた島根県には、歴史上有名な山中鹿之介という人がいる。


この人は34才で毛利のために毒殺されたが、滅亡した主家の尼子家を再興しようとして、何度でも毛利の大軍に向かって行く。幾度捕われの身になっても、また刃向かって行く。殺されるまで立ち向かっていく。これが武術の精神です。


勝海舟は、「日本の武士は何かというと、すぐに腹を切りたがるが、それだけではいけない。山中鹿之介の精神が大切である」と大きく彼を評価していますが、武術の根幹をなすものは、この、生きる、ということなのです。


2021年3月29日月曜日

「瞋拳(しんけん)笑面を打せず」

 

from:

小川忠太郎『百回稽古』



禅に

「瞋拳(しんけん)笑面を打せず」

という句があるが、これは合掌の精神である。


瞋(いか)って握り拳を固めて赤ちゃんを撲ろうと思っても、赤ちゃんがニコニコ笑っていると、振り上げた拳が下ろせない。


観音経では、相手が斬ろうと思っても、観音ということを念ずれば、刀が折れてしまうとあるが、これは刀が折れるわけではなくて、こちらが本当に慈悲の心になりきっておれば相手も慈悲心を起こして、斬れなくなってしまうということを言っているのである。



平山行蔵と鳥居強右衛門

 

from:

大森曹玄『剣と禅』



かれ(平山行蔵、ひらやま・こうぞう)がまだ修行中の、ある冬の真夜中のことである。


ふと眼を覚ましたかれの脳裏に、昼間読んだ『長篠軍記』の鳥居強右衛門(とりい・すねえもん)が、敵の重囲をのがれ出て味方の苦境を岡崎の本陣に知らせた一節が浮かんできた。



あれがもしこんな晩で、しかも長時間、川の中にもぐり込んでいなければならなかったとすればどうだろう、果たして耐えられたろうか。


そんなことを考えだしたらジッと寝ていられなくなった。さっそく起き出して風呂桶に水を汲み込み、ザブンとばかり飛込んでみた。


身を刺すような冷たさに、さすがのかれも二、三十分でとび出してしまった。


こんなことでは!


と、いろいろ考えた末、こんどは下腹を綿で包んで入ったら、何時間か耐えられたので、これで冬の陣にもさしつかえなしと、やっと安心して眠ったという。



鉄舟の「こより」

 

from:

大森曹玄『剣と禅』



ある人が、鉄舟翁に、

「剣術とはどんなものですか」

とたずねたとき、


翁はその人に向かって、

「仕度をして道場に来なさい」

といって、十分に仕度をさせた上で、自分はコヨリを一本もって立ち向かった。


バカにされたと思って少し気色ばんだその人が、

上段から真っ向に打ち下ろそうとするとその瞬間、

翁は手にしたコヨリをヒョイと相手の鼻の穴にさしこんだ。


「どうです、わかりましたか。

剣術とはこういうものです」

といったそうである。



【道元】他はこれ吾れにあらず

 

from:

『名僧のことば事典』



【道元『典座教訓』より】


山僧(やまぞう)近前(ちか)づきて、

すなわち典座(てんぞ)の法寿(ほうじゅ)を問う。


私が典座和尚に近づいて年齢を尋ねたところ、


座(ぞ)云(い)う、

「六十八歳なり」と。


「六十八歳である」といわれた。


山僧(やまぞう)云う、

「如何ぞ行者(あんじゃ)、人工(にんく)を使わざる」と。


私が「どうして下働きの者にやらせないのですか」というと、


座云う、

「他(かれ)は是(こ)れ吾(わ)れにあらず」と。


「他人に頼んだのでは私の修行にならない」


山僧云う、

「老人家(ろうにんけ)、如法(にょほう)なり。

天日(てんじつ)かつ恁(かく)のごとく熱し、

如何ぞ恁地(かくのごとく)にする」と。


私は、「御老僧のいわれる通りです。それにしても、このように厳しい暑さの中でなされなくてもよいではありませんか」といったが、


座云う、

「更(さら)に何(いず)れの時をか待たん」と。


典座和尚に「今やらないで何時やるのか」といわれ、


山僧、すなわち休(きゅう)す。


私は何もいえなかった。



2021年3月28日日曜日

出ず入らずの息

 

from:

小川忠太郎『百回稽古』



【出ず入らずの息】


剣道の稽古は一日に一時間か二時間であるが、一日は二十四時間。その二十四時間、休みなく活動しているのは呼吸である。呼吸は人の命であり、この呼吸を正す工夫をする。これが日常生活の土台となるのである。


呼吸を鼻と喉でしている人を剣道に当てはめてみると、手だけで打っている人と同じこと。これではだめで、呼吸を首でする。そういう修錬をすれば、構えにも繋がってくる。


日本神道では、臍(へそ)で呼吸せよ、臍は一尺位前に出ていると思え、と教えている。臍で呼吸をすると、心火がずーっと下に降ってくる。 小渥愛次郎範士は、「臍を鍔に乗せろ」と言っている。これは落着けという意味であり、呼吸を臍でする。


それから丹田で呼吸する。白隠禅師は『夜船閑話(やせんかんな)』で「心火を降下し、気海丹田の間に充たしむ」と言っている。ただし、無理に力を入れてはいけない。無理に力を入れると力みとなり、技が出なくなる。丹田から呼吸が全体にまわるように修錬すると、相手にも通じるようになる。



それから呼吸を足でする。荘子は「衆人の息は喉を以てし、真人の息は踵を以てす」と言っている。呼吸を足腰でする。剣道は足腰が大事である。足の踏み方の悪いのは、呼吸が乱れる。左足から崩れてくる。


斎村五郎範士は足が良かったが、三十歳位の時から歩き方の工夫をしたという。道を歩いていても呼吸を足でする練習をした。こういうふうに普段から心掛けて呼吸を修錬することが大切である。


剣道は呼吸の乱れたところを打たれる。昔から呼吸を「聞く」というが、相手に呼吸を聞かれたら、打たれてしまう。しかし呼吸を練ると、息をしていながら吐く息、吸う息の切れ目がなくなり、まるで息をしていないようになる。こうなれば呼吸が乱れることはなく、相手に呼吸を「聞かれる」こともない。


持田範士などは隙がないと言われるが、呼吸の修行を積んでいるため打つところがないのである。







2021年3月27日土曜日

柳生連也と松井某

 

from:

大森曹玄『剣と禅』



放つ位

柳生連也の至境


尾州の第二代瑞竜公、徳川光友が、その剣道の師、新陰流正統五世の柳生厳包(よしかね)入道連也(れんや)に、自分の悟ったところを呈示したものだといわれている歌に


張れや張れ

ただゆるみなきあづさ弓

放つ矢さきは知らぬなりけり


というのがある。


この歌を、同流第二十世の柳生厳長先生は、日本剣道の真髄たる「真剣の妙趣」を詠じたものとして、これを精進、充実、超絶の三段に分け、大略次のように説いている。


まことに「真剣」は層々向上極り無き精進―向上発展、勤勉、努力そのもの、即ち是れ誠心であります。瑞竜公の「はれやはれ」であります。これを誠にするは「人」にあります。


この精進、誠心による充実―充ち満ちた姿であります。兵法にこれを「勢」と謂ひ「位」とします。「たゞゆるみなきあづさ弓」であります。これは「地」にあり、また「人」にあります。


さらに「真剣」は、この精進、充実を頂上とし、その絶頂からの飛躍であり、擺(はい)脱であり、超絶境であります。生死脱得であります。真に百尺竿頭一歩を放って行くものであります。「はなつ矢さきはしらぬなりけり」であります。兵法にこれを「放ツ位」「一刀両断の位」といふ。これは「天」にあります。(日本剣道の極意)


普通に剣道の教えとしてよく知られている守・破・離という修行の順序も、これにあてはめて考えることができるであろう。その意味では、この三つの次第は、ひとり新陰流あるいは剣の道にかぎるものではない。何の道の修行にしても、この順序でゆくほかはないと思う。


前に書いた正三老人の仁王禅にしても、一生仁王さまのようにしていろということではなく、結局は如来禅という「放ツ位」に至るためには、まず緊張充実の仁王の門をくぐらなければ、本尊の観音様には、お詣りできないということなのである。


晩年には夜中、写経などしていると肩や膝にチョロチョロと鼠がでてきて遊んでいたといわれる山岡鉄舟翁も、若い頃には坐禅をはじめると、不思議や今まで暴れ回っていた鼠が一匹もいなくなったという。夫人がそのことを話すと、翁は「おれの禅は鼠のかがしが相場な」と笑われたと「全生庵記録抜萃」に記されている。


われわれの坐禅は、その鉄舟翁にとってはごく初歩であるところの、鼠のかかしにすらならないのだから情けないものである。試みに天井でガタガタやっているときを選んでグッと坐ってみるが、鼠公は一向に退散しない。要するに、張りかたが足りないのである。


禅は向下を尚ぶという。エックハルトもニイチェも没落、下向を重しとする。わが天孫も高天原から人界に降ってきたものである等々、まさにその通りである。その通りであるが、現実に絶巓に身を置いたことのないものには、向下したいにも降りようがないではないか。はじめから下にいる者が、さらに降りようとすれば地獄よ りほかに行き先はないはずである。「放つ」 ことができるためには、まず「ゆるみなく」「張ら」れていなければならぬ道理である。


さて、尾州侯は右の見所が印可されてか、連也の跡を受けて新陰流正統六世を継いだのであるが、ここでは光友公のことではなく、その師の蓮也についてのべたいのである。連也は、近頃、五味康祐の小説で有名になっているが、この人には小説の種になるような逸話がたくさんある。



かれはいつも門人に向かって「わしに隙があったらいつでも遠慮なく打込むがよい」と言っていたほど絶対の自信をもっていたらしい。


すがすがしく晴れわたった秋の一日、かれは二、三の門人をつれて野外に清遊を試みた。ふと便意を催した彼は、川のほとりで澄みわたった大空を見上げながら、のんびりと小用を足していた。これを見た門下の松井某は「このとき!」とばかり背後から力一杯に連也の腰のあたりを突いた。途端に水音高く、しぶきが散った。


五味康裕の小説ならサテ落ちたのは誰だろうというところだが、連也は依然として両足をふんばり、気持よさそうに川べりに立って用を足していたというから、落ちたのは松井であることは明らかである。



松井君ばかり引合いに出してお気の毒だが、中年以後碁をたしなんだ連也は、今日も朝から松井を相手にパチリパチリと打ちはじめた。松井は川の水を存分に浴びせられた返報をとでも思ってか、容赦なく攻め込む。すでに何局か連敗を喫した連也は、ジッと盤面を見つめてしきりに長考一番、苦吟している。


碁では師匠より強い松井は、好機とばかり、ソッと拳を握り固めた。すると、連也がヒョイと顔を上げて松井を見た。しかし、これは偶然かも知れない。かならずしも察気の法によって、こちらの心気の動きを感知したものとはかぎらない。だから、松井はさらに次の機会を作るべく、しきりに口汚なく師匠を挑発する。


「先生、どうしましたか。もうあきらめて投げますか」


などといいながら、苦慮沈思する連也の顔をねらって、またもや拳を打ち出そうとした。間、髪を容れず、連也は体をそらせながら、


「冗談はよせ!」


としかった。松井はあげた手で自分の頭などをかきながら、


「なんですか」


と、とほけてみせた。



八方破れの中に、みじんも隙のないこれらの作用は、剣の専門語で「拍子を知る」、すなわち機を知るというはたらきであろう。いわゆるきざしを察知することである。連也はのちに松井に向かって


「お前がわしを試みようとするのは、お前がいまだ剣の真意を解しない証拠である。事には必ずきざしというものがある。すでにきざしがあれば相手に察知されるのは必定ではないか。体をかわすというのは術だが、きざしを知るのは術ではない。そのきざし、すなわち機を知ったら、その機に乗ずるというだけでなく、さらにその機をわがものにし、自由に使うようにしなければ駄目である」


とさとしたということである。


その機を知り、機に乗じ、機を使うというはたらきの基調をなすものは一体何であろうか。それはほかでもない。 張りに張って、緊張充実した頂点から、 さらに飛躍した「放つ位」、いいかえれば何ものにも依らない、そして何ものにも滞らないところの無住心でなければならない。仁王の門を通り越した、御本尊の観音の妙智力でなければならない。


柳生に縁のある沢庵の言葉でいえば、それが「不動智」というものであろう。不動智とは、沢庵もいっているように流動して滞らないことであり、分別せずしてしかもよく分別してあやまらないことである。そのような境地が「放つ位」というものであろう。