話:大西良慶
焼け野の雉(キギス)
夜の鶴
雉(きじ)がタマゴを抱いているとき、春の野が焼けると、親の雉は、自分の身を犠牲にしてタマゴを守る。
鶴はタマゴを抱くとき、夜も寝ずに夫婦交代で番をしている。生まれてからも、大きくなるまでは夜、見張っていて、知らん顔を見ると、あの長いクチバシでつつく。「夜の鶴」やね。
話:大西良慶
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禅に「啐啄(そつたく)同機」という言葉がある。
鶏がタマゴを抱いている。中で雛が育っている。もう出る、という時期が来る。世に出てもいいという時機が熟している。中で雛が「チュッ」という。「チュッ」といいながら、内側から、タマゴの殻をつつく。これが「啐(そつ)」やの。
同時に、抱いている母鶏の方でも、機の熟しているのがわかっている。「チュッ」という声が聞こえるのかどうか、中からたたいているのがわかるのかどうか、母鶏も、同じように外側から強いくちばしで、殻をつつく。「啄(たく)」しよるの。
この、啐(そつ)と啄(たく)との呼吸がぴったり合って、雛という一つの生命が、この世に誕生してくる。ちょっとでも遅れたら、中の雛は死んでしまう。「啐啄異時」になる。あくまで「啐啄同機」でなければならない。
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話:大西良慶
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鹿児島には、お母さんが独り居た。お姑さんやね。
この人が、一昔前の士(さむらい)の奥さんやったから、気位が高かったのかね、鬼婆ァといわれるぐらいこわい人やった。事毎に嫁の敦子さんをいじめるの。敦子さんは、泣くような目にあいながら、毎日、お母さんに背かんように、機嫌を損ぜぬようにつかえていた。
ある日、お母さんは敦子さんに、あなたは歌人やというから、これを歌にしてほしいといって、下の句を出さはった。なんとそれは、
「鬼婆ァと人はいうらん」
とある。その短冊を見て、敦子さんは、ははァと思うた。またいじめはる、と思うた。そう思うたが、そんなこと言えたものではない。早速、上の句をつけはった。
「仏にも似たる心と知らずして」
と詠んだ。ひっくりかえってしまったのやね。「鬼婆ァ」が実は仏にも似たる心やったと、そう理解していると、せい一ぱいの意思表示やった。
さすがのお母さんも、これには泣いた。泣いて、「済まなんだ、済まなんだ、堪忍してくれ」と詫びた。鬼の角が一遍に折れたのやね。
それで、本当のお母さんみたいになって、それからは、敦子さん、敦子さん。敦子さんでなければ夜も日もあけんようになった。
お母さんは死に際に、敦子さんの膝の上に首をのせて、息をひきとったという。
話:大西良慶
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白隠禅師は、何をいうても「片手の声を聞いてこい」といわはった。
人が「白隠が片手の声を聞くよりも、両手たたいて商いをせよ」とひやかしたら、
禅師は、「両手たたいて商いがなるならば、片手の声は聞くにおよばぬ」と答えたという。
禅師のいう片手の声とは、どういうつもりでやっておられるのか、それはわからない。
人によって「悟り」が違うものね。
悟りは自分の智恵で悟るものであって、子どもには子どもの悟りがあり、お婆さんにはお婆さんの悟りがある。
そこで、白隠さんは、一人一人の「片手の声」を聞いておられたのやないか。
心が静まって、心が練れてくると、人の片手の声が聞こえてくる。
人間の世界、片手の声が聞こえてくると一人前やね。
本来、片手から声なんて出ない。
片手の声を聞こうと思ったら、もう一つの手をもっていったらいいの。
このように、片手と片手を合わせればいいの。
片手が指をそろえているのに、ゲンコツをもっていったり、バラバラの指をもっていってもあかんの。
ちゃんとこう、片手に相応した手をもっていくの。そ
れが合掌なの。
片手の声とは、相手の声。
相手の声を聞くのは、相手の心になること。
心の中で、自我ばっかり渦巻いていては、指をそろえた片手にゲンコツをもっていくようなもので、ちゃんと寸法に合うようにもっていかねばならない。
寸法に合うと、声が出るの。
相手に返事のできないような声をもっていっても、声は出ない。
親の心のとおりになったら、親の声が出る。
国際間でもそうなの。
向こうに片手の声がある。
友達同士でも、そうやの。
向こうの気持でいったら、ウンウンという返事がかえってくる。
気に入らなんだら、黙っている。合わんものをもっていっても、片手の声は聞けないの。
神様や仏様の心に、御利益があるかないかと問うのは、こっちから神様や仏様の心に合わないものをもっていくから、心が通らない。
むつかしい問題ではない。
ちょっと仏法の話を聞いたら、間違いはないの。
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話:大西良慶
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指といえば、中国に天竜という禅宗の和尚が居た。
この和尚、問答のとき、誰が出てきても、指を一本、立てはるの。
「天竜一指」という。
この一本の指で、多くの人を教化したという話が、『無門関』に書いてある。
面白いのはそのあとの余談で、修行中の小僧が、これを真似して、誰にも彼にも、指を一本立ててみせた。
天竜和尚は怒らはった。
怒って、手荒い話やが、小僧の指を切ってしまはった。
小僧は泣くわね。
泣きながら、逃げた。
逃げる小僧に、天竜和尚は声かけて呼ばはったの。
小僧はいつもの癖で、指を一本、立てようとしたら、その指がない。
指がない、ということに気づいたとき、小僧は悟ったという。
話は、それだけやの。
それだけやからいいの。
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